約 2,287,651 件
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/558.html
第2章 雨で中止になった第2回SOS団花見大会だが、ハルヒはそれほど不機嫌ではなかった それは今、俺の部屋で格闘ゲーム大会を催し、長門と決勝戦を繰り広げる様子や古泉の話からも明らかだ 「そこぉ!」 ハルヒの超必が決まり、決勝戦の幕が閉じる ハルヒが勝ったという結果を残して 長門はゲームをするのは初めてと言っていたが、慣れるにしたがってどんどんうまくなった それでもハルヒにはかなわない どうでもいいが古泉は最下位だった ボードゲームも弱いがコンピューターゲームも弱いらしい 「簡単すぎるわね、もっと難しいゲームはないの?」 ひとしきり優勝にはしゃいだあと勝ち誇ったようにハルヒが言った 「ソフトならそこの棚に入ってる。好きに選べ」 ハルヒがソフト探しに夢中になっている隙をみて俺は長門に耳打ちした 「この雨はいつやむかわかるか?」 すると長門も小声でこたえてくれた 「不明、ただしこの雨により桜の花が落ちる可能性は92.7%」 俺は頭をかいた やばいな、このままだと第2回SOS団花見大会が中止になっちまう 別にこうやって騒いでるのも楽しいのだが、ハルヒが閉鎖空間を生み出さないとも限らない ただやたらご機嫌なハルヒをみているとそれも無駄な心配に思えてくるから不思議だ まぁ、その後も特筆すべきことがらもなく、急遽開催された第1回SOS団ゲーム大会もハルヒの万能っぷりを見せ付けただけで幕を閉じた 帰りぎわハルヒは 「明日は晴れたら公園で花見、雨だったら部室に集合ね」 と言ってANGIE DAVIESのSUPERMANを歌いながら帰っていった ―そして翌日 と、いきたいところだったのだが、正直そうもいかないらしい 妹が風呂を知らせに来た午後7時半、ハルヒから電話がかかってきた 「キョン、何も言わずに今すぐ例の公園に来なさい、いいわね!」 相変わらず一方的に話すだけ話して切る奴だ 仕方なく俺は家を出た 昼に降っていた雨も止んで、空を見れば朧気ながら月が顔を出していた しかし、その公園でたとえノストラダムスでも予言できないようなことが起きようとしていたなんて、いったい誰が予想できただろうか 公園に着いた俺をハルヒの背中が迎えてくれた 桜の花は昼の豪雨によってほぼ散っていたが、残った微かな花により、儚げな美しさを醸し出していた 俺はハルヒの背中に話し掛ける 「よお、待ったか?」 「わかんない」 ハルヒは後ろをむいたまま首を横に振った 「すごく待った気もするし、すぐだった気もする」 わけのわからないことを言い出した 「ねぇ、あんた選択授業なんにした?」 これは本当にいつものハルヒなんだろうか その声はまるでつついたら壊れる脆いガラス細工のようだった 「多分、お前と同じだ。私立文系受験の…」 「違うの!!」 ―悲愴 そんな感情を込めた叫びに思わず俺の気持ちが後退りをする 不意に月が雲に隠れ、まわりの家の灯り、公園の街頭、すべての明るさが陰りを見せたような錯覚に陥った そう、それはまるで閉鎖空間に迷い込んだような… 「あたしは…理系を選んだ」 ぽつりと出た、蝶の羽音のような声は一瞬、俺の思考を停止させた 俺は考えていた 2年になっても俺はハルヒの席の前でシャーペンでつつかれたり、その笑顔を見ながら過ごすことになるだろう、と ただ、逆に北高は2年のクラス替えを理系、文系に分けてやる だから頭のいいハルヒが理系にいってもそれはそれで別にそれでもかまわないと思っていたが ―今だから正直に言おう 俺はそうじゃなければいやだ そこにあって当然のものだから油断していた ハルヒの席の前に俺以外の人間がいるなんて俺の中ではありえない 空気はそこにあって当然のものだが、空気がなくなると人間は窒息死してしまう そんな例えがわかりやすいだろうか とにかく、その発言を聞いた俺の目の前は真っ暗になったのだ そうだな、この瞬間に閉鎖空間にハルヒと閉じ込められたなら、俺はこっちの世界に戻ろうなんて考えなかっただろうぐらいに しばらくそんなことが頭の中を縦横無尽に駆け巡っているとその沈黙をどう受け取ったか、ハルヒが口を開く 「あんたが文系を選ぶことは知ってた。その時は別に部室で会えるし、全然構わないと思ってた、だけど…今の気持ちはそうじゃない!」 ハルヒがゆっくり振り返る、その目は、顔は、涙に濡れていた 「キョン、あたしはあんたと一緒にいたい!離れたくない!精神病でも何でもいい!あんたが好きなの!」 張り上げた涙声は魂の叫びとなって静寂を保つ夜の闇に響く 普遍的な行為を嫌うハルヒが、こんなに一般的な告白をしなければならないほどこいつは思い詰めていたのか そこで俺は考えた 俺にとっての ―涼宮ハルヒ の存在を クラスメイト?団長? 一緒にいる理由は? 仕方なく?おもしろそうだから?朝比奈さんを守るため? すべてのハテナマークをふりきり、一つの答えにたどり着いた ―俺は涼宮ハルヒに惹かれている この状況に合う言葉を口に出すなら 「俺も…ハルヒが好きだ」 考えよりも先に言葉が出ていた それに気付いてからも俺に後悔はない これは心のままの気持ちだから 「…ありがとう」 ハルヒに言われた初めてのありがとうは俺の心を暖かくし、泣きじゃくるハルヒを抱き締めるのに十分な理由をくれた ―ただ俺は知らなかったんだ この出来事が明日以降の、サプライズ具合では今ほどではないが、しかし非常に厄介な出来事の引き金だったことを 第3章
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/3658.html
プロローグ 地球上で人類を始めとする生物たちが生きていけるのは、様々な条件が偶然にも好都合に揃っているからで、そのうち何かが欠けても生きていけないのは、今更俺が言うまでもない常識以前の問題だ。 その条件の中でも最重要といえる位置にあるものの1つが太陽だろう。太陽がなければ気温も上がらず、地球はひたすら不毛の地でしかなかったと言うのは過言でも何でもない。 しかし、地球はそのありがたい太陽の周りをぐるぐる回りながら尚かつ自分でもぐるぐる回っており、しかも回る面に対し傾いて存在しているわけだからタチが悪い。 つまり、季節があり、昼夜があると言うことだ。極地は一定期間太陽の恩恵自体受けられなくなる。 12月──今の季節は冬。楕円形の公転軌道から言うと太陽に近くなっているにもかかわらず、太陽の恩恵が少ない季節だ。 まあ、こんな読み飛ばされることを前提とした誰でも知っている蘊蓄なんざどうでもいいことだが、 街がキリストの生誕に浮かれる季節の早朝6時過ぎという、太陽の登る直前──つまり最低気温が記録されるだろう時間に自転車を飛ばしている俺としては、文句の1つも言いたくなるわけだ。 寒い。夏が恋しいね。 すでに日課になってしまった早朝サイクリングも、まだ始めた頃は良かった。 俺たちの住んでいる街は、全国的に言ってもさほど寒い地域ではなく、したがって少々着込めば多少の寒さは凌げるわけだ。 しかしここ最近は頂けない。 着込んだダウンジャケット越しに冷たい空気が肌を刺す。 露出している顔はすでに痛み以外の感覚がなく、おそらく赤らんでいることは間違いない。 それでも、ここ2ヶ月続けている早朝サイクリングを止める気はない。 放課後、文芸部室に行くのが当たり前のように、毎朝俺はこの時間に自転車に乗って登校する。 別に運動部に入って朝練をやっている訳でもない。 では何故──と言われると困る。こんなに早く行く必要性は全くない。 強いて言えば、あいつが怒るからか。 そんなことを考えているうちに、第1中継点に到着した。 「キョン! おっはよ~~!!」 冬だと言うのに、笑顔とパワーは真夏なみの我らがSOS団団長、涼宮ハルヒが挨拶とともに出迎えた。 「朝早いんだからあんまり騒ぐな。近所迷惑だ」 「何よ。朝だからこそでしょ! 1日だって最初が肝心なんだから!」 相変わらずのテンションで言った後、アヒル口になって文句を言った。 「それより挨拶返しなさいよ」 ああ悪い。おはよう。 そう、俺はハルヒを迎えに行って、一緒に登校しているのだ。しかも朝早くから。 こんなことになるとは、数ヶ月前の俺なら全く思いもしていなかった。 世の中何が起こるかわからん、ということだけは身に染みていたにもかかわらず、だ。 というわけで、少しだけ回想してみよう。 ことの起こりは2ヶ月ほど前だった。 何のことはない。ハルヒが怪我をした、ということだ。 決して俺のせいではない。ハルヒが勝手に転んだだけだ。 俺は近くにはいたが、手の届くところではなかった。 それなのに、ハルヒは俺の責任と宣言したあげく、登下校の送迎を命令しやがった。 何故? Why? 結局ハルヒが俺に反論の余地をくれるはずもなく、俺はアホみたいにハルヒの足と化していた。 例によって遅刻は罰金だそうで、ハルヒに負けまいと早く行ったのが仇になり、未だにこんな早朝登校を続けている。 母親が弁当を作ってくれなくなったが、冷食と残り物を使うのを認めてくれたので、自分で冷食を放り込んだだけの弁当を用意している。 財布が厳しいからな。 ハルヒの顔は、10日ほどで治った。別に続ける必要もない。 なのに、俺は何の気の迷いかハルヒの傷が癒えてからも、続けていいかと聞いてしまったのだ。 せっかく早起きが身に付き始めたのに終わらせるのが勿体ない──というのは建前だ。 本音を言おう。 俺は結構楽しかった。 朝早くからハルヒを迎えに行き、一緒に登校して、部室で茶を飲みながらしゃべる。 ただそれだけなのに、楽しかった。 こんな時間がずっと続けばいい、本気でそう思った。 ハルヒはどうなんだ? そんな疑問もあったが、それは解消済みだ──と思う。 2週間か、もっと前か。いつもの早朝の部室で、ハルヒが突然お礼を言ってきた。 ハルヒに礼を言われるという珍しい体験をしたうえ、あろうことがハルヒは俺に ──キスしてきた。 礼、なんだそうだ。あくまでも。欧米かよ。 いや、嬉しかったさ。ハルヒが黙っていれば美少女とかそういうことじゃなくて、ハルヒ自身がキスしてくれたってこと自体が。 『お礼』じゃなければもっと嬉しかったんだけどな。 そう思った俺は例の閉鎖空間で行ったことをそのまましてやった。 セリフもそのままだ。そこ、笑うな。 恥ずかしい回想はこの辺にしておこう。 まあ、そういう訳で俺は今朝もハルヒとともに早朝の学校に向かっているわけだ。 付き合っている、という訳ではないと思う。 第一、俺たちはお互いの気持ちを口に出した訳ではない。──行動には出したが。 それに、あれから何かあったか?と聞かれると何もない。 いつも通りの俺たちであり、いつも通りのSOS団であった。 こんな中途半端な関係だが、今のところ俺はこのままでもいいと思っている。 ハルヒが側にいるしな。枯れてるとか言うなよ。 俺だって普通の男子高校生だ。そりゃいろんな欲求がないとは言わないさ。 でもな。相手はあのハルヒだぜ。急いては事をし損じるなんて生易しいもんじゃないだろ。 急いては世界が滅びる。誇張でもなんでもなくな。 今はまだゆっくりやればいい。俺は本気でそう思っていた。 結論からいうと、俺は間違っていた。 こんな悠長な思いで毎日を過ごしていたかと思うと腸が煮えくりかえるね。 これからの1週間がとても長く、あんなに苦しい物になるなんて、このときの俺は思ってもいなかった。 1.落下物 へ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/2578.html
「キョンくーん、ハルにゃんが来てるよー」 日曜日の朝っぱらから妹に叩き起こされる。いい天気みたいだな。 いてっ、痛い痛い、わかった。起きるから。いてっ、起きるって。 慌てて準備をして下に降りると、ハルヒはリビングでくつろいでいた。 「あんた、何で寝てんのよ」 「用事がなかったら日曜日なんだから、そりゃ普通寝てるだろ」 「普通は起きてるわ。こんないい天気なのに。あんたが変なのよ」 たとえ俺が変だったとしても、こいつだけには絶対変とか言われたくねぇ。 「で、今日はどうしたんだ。お前が来るなんて聞いてないぞ」 「んー、今日はなんかキョンが用事あるらしくって、暇だから遊びに来たのよ」 今のを聞いて何をわけのわからないことを、と思った人間は間違いなく正常だ。なら俺は何だ?変人か? そうだな、わかりやすく説明すると、この涼宮ハルヒは異世界からやってきた涼宮ハルヒなのだ。 『涼宮ハルヒの交流』 ―エピローグ― もうあれから数ヶ月が過ぎ、俺たちは基本的には落ち着いた日々を過ごしていた。 あの日、異世界から『俺』とこの涼宮ハルヒが、初めてやってきた日、病室はとんでもない混沌状態だった。 俺たちの方のハルヒが病室に帰ってきて、この二人の存在がばれそうになった瞬間、俺は諦めて目を瞑った。 その後、ハルヒの声に目を開けると、二人の姿は消えていて、ハルヒは何も見ていないようだった。 一瞬、今までのことは全部夢なんじゃないかとも思ったが、周りの連中の顔色からそうでないことは明らかだった。 後で古泉に確認したところ、二人はドアが開いた瞬間にふっ、と消えていったそうだ。 そういうわけで、なんとかその日は乗り切ったのだが、なぜかこいつは度々こっちに遊びに来るようになった。 ハルヒにだけは絶対にばれないようにと頼みこんだのだが、こいつはわかっているのかいないのか。 ちなみにこっちのハルヒとこのハルヒの違いは、顔を見ればなんとなくわかるようになった。 俺の部屋にハルヒを連れて行き、尋ねる。 「で、どうしてお前はちょこちょここっちの世界に来るんだ?向こうで遊べよ」 「せっかく来れるんだからその方がおもしろいでしょ、なんとなく」 別にどっちもたいして変わりゃしないだろ。 「それとな、お前らわざわざこっちの世界にデートするために来るのはやめてくれ。 こないだ鶴屋さんに見られてたらしく、やたらとにょろにょろ言われて大変だったんだぜ」 ハルヒはしたり顔になる。 「こっちの世界ならなにやってもあんたたちのせいにできるし、人目を気にしなくてすむのよ。 あ、犯罪行為とかは今のところするつもりないから安心していいわよ」 くそっ、お前らが町でめちゃくちゃするせいで俺らが学校でバカップル扱いされてるっていうのに。 何度かその様子が谷口と国木田にまで目撃されて、かなり冷やかされちまったんだぜ? いや、まぁこっちの俺たちの学校の様子に原因がないとも言えないが。 「で、あんた今日は暇なのよね?ホントに?」 だからさっき用事はないって、……あ! 「やべっ、忘れてた。もう少ししたらハルヒが来る」 「あんた何やってんのよ。あたしが来てなかったらまだあんた寝てるわよ。せいぜいあたしに感謝しなさい」 言ってることが当たっているだけに何も反論できん。 「それにしてもどうしようかな。有希のところにでも行こうかしら。それともみくるちゃんで遊ぼうかな」 みくるちゃんで、ってなんだよ、で、って。 「帰ればいいだろ。向こうのSOS団で遊べよ」 「そんなこと言ったって、こっちの有希とじゃないとできない話とかもあるのよ。 あたしのところの有希とは、お互いまだ秘密が守られてるっていう暗黙の了解があるし。 それをわざわざ自分から崩すなんて無粋なことしたくないし」 いや、お前から粋なんて感じたことはないから安心しろ。 「どっちにしろ早く行かないとまずいんじゃないのか?お前は長門の家までワープで行くのか?」 「そんなことできるわけないでしょ。もちろん徒歩よ」 「だったら早くしないと、もうハルヒが来るぞ」 「そうね、じゃあ有希のところに行くわ。またね」 「ああ、それじゃ……ってやっぱ待て。時間がまずい。行くな。最悪玄関でハルヒと鉢合わせになる」 「じゃあどうすんのよ。……あ!三人で遊ぶってのはどう?楽しそうじゃない?」 「却下だ却下。考える間でもない」 全然楽しそうじゃない。間違いなく俺の負担が数倍になってしまう。 「……とりあえず帰ってくれないか」 「嫌よ。それ結構疲れるのよ。って言ったでしょ」 だから疲れるんならいちいちこっちに来るなよ。 「……わかった。なんとかしてみる」 仕方なく携帯電話に手を伸ばす。 なかなかでないな……。コール音が8回程度のところでやっと声が聞こえる。 『……もしもし、どうかしましたか?』 「都合悪いのか?ならやめとくが」 『結構ですよ。それよりご用件は?』 「ああ、すまんな。今ハルヒがどのあたりにいるかわかるか?」 『先ほど家を出たようですから、……あなたの家まであと3分といったところでしょうか?』 3分?ってもうすぐそこじゃねぇか。 「今向こうのハルヒが俺のところに来ていて困ってるんだ。なんとか長門の家まで運べないか? なんか帰りたくないってわがまま言ってて困ってんだ」 『……それは困りましたね。5分もあればそちらにタクシーを寄越せますけど』「くそっ、無理だ。他に何か――」 ピンポーン。 ああ、間に合わなかった。何が3分だよ。1分もなかったじゃねぇかよ。 「……どうやらもうハルヒが来ちまったようだ。お前3分って言わなかったか?まぁいい。これからどうす――」 『ご武運を』 プツッ。 ってまじかよ。あいつ切りやがった。信じられねぇ。 下で妹が何か言ってるのが微かに聞こえる。 「とりあえずどこかに隠れるか、帰るかどちらかにしてくれ」 「そうね。おもしろそうだからちょっと隠れてみるわ」 おもしろそうとかで行動するのはまじで勘弁してくれ。 「キョンくーん。なんかまたハルにゃん来たみたいだよー。なんでー?」 いや、妹よ。お前は知らなくていいんだ。 「とりあえず待っててもらうように言っててくれ。準備ができたら行くから」 くそっ、どうすりゃいいんだ? 長門に頼むか?しかし、長門はハルヒには力が使えないって言ってたな。 ピンポーン。 「はーい」 誰か来たのか?また妹が相手をしているようだが。 しばらくすると再び妹が部屋に来た。 「みくるちゃんが来たよー。それでね、『10分間涼宮さんを連れだします』って伝えてって言ってたよー」 どういうことだ?でも朝比奈さんナイスだ。助かりました。 このチャンスに、再び携帯電話を手にとる。……今回も長いな。何かやってんのか? 『……もしもし、どうにかなりそうですか?』 なりそうですか?じゃねぇよこのヤロー。 「説明は面倒だ。時間がない。とりあえず家にタクシーを頼む。5分あればなんとかなるんだろ?頼む」 『わかりました。すぐに新川さんを向かわせます』 「サンキュー、よろしくな」 電話を置いてハルヒに話しかける。 「とりあえずなんとかなったぞ。5分で古泉からタクシーが来る」 「あたしもう来たんじゃないの?どうして助かったの?」 「事情はよくわからんが朝比奈さんに助けられたようだ。どうしてわかったんだろうな」 「みくるちゃん?……なるほどね。たぶんあんた後でみくるちゃんに連絡することになるわ」 なんだって?どういう意味だ? 「そのうちわかるわ」 そう言ってニンマリ笑う。 「まぁわかるんならいいさ。それより長門の家に行くんだよな?なら連絡するが?」 「あ、そうね。やっぱいきなり押し掛けるのは人としてどうかと思うしね」 お前は何を言ってるんだ?お前は今何をやってるかわかってないのか?それとも俺ならいいってのか? 「……じゃあ連絡するぞ」 長門の携帯に電話をかける。 『何?』 って早っ!コール音なしかよ。 「あ、いや、今俺のところに異世界のハルヒがいきなり遊びに来たんだが、俺はハルヒと約束があるんだ。 で、この異世界ハルヒがお前と遊びたいみたいなこと言ってるんだが、どうだ?」 『いい』 「迷惑ならそう言えばいいんだぞ。お前もせっかくの休日だろ?いいのか?」 『問題ない』 「……わかった。ありがとよ。じゃあもう少ししたらここを出ると思う。よろしくな」 『だいじょうぶ。……私も楽しみ』 「そっか、ならいい。じゃあまたな」 『また』 ふうっ、と、電話を置いて一息つく。 「だいじょうぶみたいだ。長門も楽しみだってさ」 「そう、それは良かったわ」 「それにしても、お前長門に変なこととか教えるなよ」 「変なことって何よ。あたしは人間として当然のことを有希に教えてあげてるだけよ」 俺はお前に人間として当然のことを教えたい。 ピンポーン。 三たびチャイムが鳴らされる。 今度は妹がすぐにやってくる。 「キョンくんタクシー来たよー。ってあれー、どうしてハルにゃんがいるのー?」 頼むから気にしないでくれ、妹よ。 タクシーで長門の家に向かうハルヒを見送った後玄関先で待っていると、すぐにハルヒと朝比奈さんが現れた。 「あんた、こんなとこで何やってんの?」 「何って、お前を待ってたに決まってるだろ?」 「そ、そう。わざわざ出てこなくても中にいればいいのに」 ちょっと照れてるみたいだ。 「それじゃあ、私は帰りますねぇ」 「あ、朝比奈さん。わざわざありがとうございます」 すると、朝比奈さんは近づいてきて、俺の耳元でささやく。 「私は実は少し未来から来ました。後で私に伝えておいてください」 あっ!なるほど。さっきハルヒが言ってたのはそういうことか。 「今日の午前10時にキョンくんの家に行って、涼宮さんを10分ほど連れだすように伝えてくださいね」 「わかりました。後でやっておきます。今日はありがとうございます。助かりました」 「お願いね」 そういって極上の笑顔を浮かべると、少し手を振り、朝比奈さんは去って行こうとして再び戻ってきた。 「あの……今日はちょっと都合が悪いの。できたら連絡は明日以降にしてもらってもいいですかぁ?」 「はあ、構いませんけど。用事でもあるんですか?」 「えぇっと、この時間の私は今は古いず……あっ!な、なんでもないですぅっ。禁則事項ですっ。それじゃあ」 そう言うと、朝比奈さんは大慌てで走って行った。 何だって?古いず……?古いず、古いず。まさかその後には『み』が来るんじゃないでしょうね? そんなばかな。いくらみくるだからってそこに『み』は来ませんよね? 「あんた、何やってんの?みくるちゃんなんだって?」 「あ、ああ。いや、ちょっと頼まれごとをしただけだ。気にするな」 「……まぁいいわ。中に入りましょ。お茶でも煎れてあげるわ」 「ああ、そうだな。サンキュ」 こんな感じで、ドタバタしながらも異世界との交流はまだ続いている。 『涼宮ハルヒの交流』 ―完― エピローグおまけへ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/4457.html
待ってろ、今行くからなハルヒ。 俺は再び大地に降り立った。なんてカッコイイシーンを演出してみたが、 周りには誰かがいるわけでもなく、少し自分の行動に後悔を感じたりもしていたが、 とりあえず、やることはやらないとなっと辺りを見渡した。 「閉鎖空間…か」 何度あの空間に入った事か。そういえば一番最初は古泉とだったな。 俺が初めてこの空間に連れられた時、初めてあいつの変態的能力を見せられた。 僕は超能力者です、なんてどこのSFオタクだよと思っていたが。 そんな俺の否定的かつ論理的な思考をいとも容易く打ち砕きやがった。 まぁどこが論理的なのかは今考えてみても思い当たらないのは何故でしょう。 しかし、人が球体になって空を飛ぶなんてどこぞのスーパーマンかと思っていたが、 古泉曰く、「僕達はニキビ治療薬みたいなものです」 実にお似合いだ。 そんな事を考えてる暇なんてなかったみたいだ。 閉鎖空間の広がる速度が以上だ。もう俺が見える範囲を全て覆い尽くしている。 しかし、ここは閉鎖空間のはずなんだが、違う気もしてきた。 何故かって?ハルヒの閉鎖空間は色のない世界。 以前、橘に連れて行かれた佐々木の閉鎖空間は色のある穏やかな世界。 この閉鎖空間はどちらにも該当しない。 なにか、二つが混ざったような、色がまばらについている。 だが穏やかな色ではない。血のような赤い色だ。 ここでそんな杞憂を抱いていても仕方ない。俺にはやることがある。 それだけだ。 俺はとりあえず北高に向かった。何故とりあえず其処にいくのかというと、 解っちまうもんは仕方ないさ。あいつならあそこにいる。 俺は何故かそう確信して動いちまうんだよな。 俺は心臓破りの坂を、その字の如く心臓が破れそうになりながらも必死に駆け上がった。 辛い、苦しい、気持ちい。あ、なんでもない只の妄言だ。 俺は息を切らし、今にも倒れそうになったがここで倒れてしまっては意味が無い。 だが、頑張った甲斐はあるってことだ。 見たこともない神人が目の前にいるからだよ。 やっぱりここに居たか、ハルヒ。 俺は校門を通りグランウンドに向かって走った。 「そんなに急がなくてもいいじゃない?」 足止め、そうこんなありきたりな展開が待っているとは。 やれやれ、予想外だな。 俺は声のほうを振り向いた。俺はその声の主に見覚えがあった。 それもそのはず、俺に刃物は本当に危ない物というトラウマを植えつけたあいつがいた。 「朝倉涼子…か、お前は長門に消されたはずじゃなかったのか」 朝倉涼子は笑みを崩さず、答えてきた。 「確かに私を構成していたインターフェイスは長門さんに情報連結を解除されて消えてしまったわ。 だけどね、私の情報生命体は分解されることなく情報統合思念体に回収されていたのよ。 勿論、急進派の、ね?」 とこいつが普通の女ならころっと騙されてしまいそうな笑顔でウィンクをされた。 しかし、俺にはそんなものは効きはしない。じゃぁ今考えたのはなにかって? そんな野暮なことを聞くもんじゃない。 俺だって健全な男児という訳だ。 そんな事を頭に巡らせていた俺は確実に、焦っていた。それもそうだ。 こいつは長門と一緒であの宇宙的なパワーの情報操作とやらが使える。 「急進派とやらはお前一人しかいないのか、よほど人望がないんだな」 と俺は余裕をみせるように、両手を広げ方を竦めて見せた。 「ここにいるのは私一人、だってこの空間に入るのは並大抵の情報処理じゃ追いつかないから、 他の人は私のバックアップに回ったって事」 あぁそんなことだと思ったよ、 だがそれさえ聞き出せればなんとか勝てる見込みがあるかもしれん。 「そうか、ならお互い忙しいみたいだし、また後でゆっくり話そう」 と苦し紛れに誤魔化すという奇策でもないが、試しにそういってみた。 思いのほか、朝倉涼子は黙ってこちらを見ている。 まさか、成功した? そんなわけなかった。 「用事ならあるわよ、私達はねこれほどまでにない情報爆発が予測できるこの状況を懇願していたの。 だからこんなところで失敗するわけにはいかないのよね。 だから、死んで。お願い」 おい、朝倉、お願いするところを間違えてるぞ。 なんてつっこみを入れている余裕はなかった。 ナイフを片手に駆け寄ってきた朝倉の攻撃を俺は寸での所でかわし、 足を払いのけた。 朝倉は驚いた表情をしていた。 「あら、いつのまにそんな動きができるようになったの? 教えて欲しいなぁ」 と甘い声で言ってきたが俺はそんなのに一々反応せず、 こちらから仕掛けた。それでも余裕を見せる朝倉は、 俺の攻撃を交わし、俺の背中に回し蹴りを放った後、 ナイフを持つ手を俺に向かって伸ばしてきた。 さすがにこれは反則だろう。 ナイフを持つ朝倉の手を左腕を使って受け流した。 それと同時に朝倉の腕に力を使った。 その瞬間、朝倉の腕が音を立てて消えていった。 「驚いたわね、まさかあなたがこんな事も出来るようになるなんて。 はやく殺しておくべきだったわ」 驚いているのは俺のほうだ、しかし唐突に理解し使えるようになったもんは仕方ない。 俺は確実に消耗している体力を温存しながら戦わなくてはならない、 という現実を突きつけられていたが、こいつ相手に温存できるわけが無い。 心臓破りの坂は、心臓破りではなく見事に心臓の串刺しになりうだった。 走らなければよかったなどと、後悔していると。 朝倉は腕を既に再生させていた。 「あら、自分の力に戸惑っているのかしら、残念ね」 朝倉は不適な笑みを浮かべ、なにやら呟いていた。あれか、長門の良くやる高速呪文か。 さすがにそれはまずい、俺は一気に距離を詰め朝倉の胸倉に力を使った。 その衝撃で後方に激しく吹き飛んだ朝倉だったが、 「最初からこうしてればよかった」 と俺のトラウマを掻き立てる言葉を吐いた。 それもそのはず、俺の体はピクリとも動かない。 これは非常にまずい状況だ。 「あなたがここまで出来ると思わなかったわ、少し残念だけど。 さよなら」 そういってナイフを俺の胸に向かって突いてきた。 俺は死を覚悟した瞬間、ナイフが目の前で止まっていた。 そのナイフを握っているのは紛れも無い。長門だ。 「長門!」 俺は久しぶりに長門に会った歓喜を喜ぶ暇など無いことは解っていたが、 それでもこの長門に会える事は俺にとっては最高に嬉しいことなんだ。 「あなたがここに来ることは予測していなかった、 その為反応が遅れてしまった。ごめんなさい」 気にするな、それより体が動かないんだ。 なんとか出来ないか、というと長門は情報連結解除開始。 といった、まさか俺を消さないよな。 朝倉の持つナイフが砂のように消えていった。 この光景は昔にみたなぁと思ってると、長門が俺を蹴り飛ばした。 これは痛い。 「それで動けるはず、あなたは私が守る。 だから、今はあなたは涼宮ハルヒの所にいって」 そういう長門の小さな背中はこの世界で一番頼りになるんじゃないか、 というくらいに心強く見えた。実際その通りだが。 「また、長門さんに邪魔されちゃったかぁ、でも次は私が勝つわよ」 朝倉はいつもより強張った表情をしていた、 それもそのはず、相手は長門だ。 長門の援護をしてやりたいが、今はあいつの所に行くのが先か。 すまん、長門。 俺はその場から立ち去った。 後ろから轟音がなっているのは、あいつらが戦っている証拠だ。 必ず会えるよな、長門。 俺はグラウンドに着いた、其処にはさっき見た神人が佇んでいた。 暴れるわけでもなく、ただそこに居た。 神人のから離れた位置に人影が見えた、そこにはハルヒ、佐々木、古泉、朝比奈さん、 そして橘がいた。ここからじゃ声が聞こえるか解らないが、 試しに叫んでみた。どうやら聞こえていないみたいだ。 くそ、もっと近くにいかなくては。 俺があいつらの側に駆け寄っていくと、 なにやら古泉達とハルヒが言い合ってるようだ。 ここで、俺は思いついた。 ここで格好良く登場するのが主役の華ってもんだ。 俺がゆっくり側に寄っていくと、古泉の声が聞こえてきた。 「涼宮さん、どうか落ち着いてください。 このままではこの世界は終わってしまいます」 おいおい、古泉暴露しちゃまずいんじゃなかったのか。 「だって、キョンが…キョンはもういないのよ…。 古泉君は涼宮さんが願えばきっと叶うはず、って言ったわよね。 それでもキョンは帰ってこない。 だからね、いらないの。キョンのいない世界なんていらないの!」 やれやれ、相変わらず我侭な団長さんだ。 俺はおちおち死ぬことも許されないらしい。 だが、そんなハルヒの言葉は俺にとっては嬉しかった。 そろそろ出て行くか。 「ハルヒ、待たせたな」 その場にいた全員が驚愕の色を顔に浮かべていた。 特に酷かったのはハルヒだ、間違いない。 「キョン…?キョン、キョン!」 ハルヒが駆け寄ってきた、俺はその猪突猛進な団長様を受け止めてあげた。 ハルヒは、喜びと困惑の表情を混ぜた顔をしていた。 「本当にキョンなの?これ…夢なんかじゃないよね?」 ハルヒが俺の体を力強く抱きしめる。 あぁ、夢じゃないさ。俺はここにいる。 お前に会いたくて帰ってきちまったんだ。 歯が浮くような台詞を言ってしまった自分に赤面しつつ、 俺はハルヒの頭を撫でてやった。 「よかった…。もう二度と会えないと思ってたんだよ。 このバカキョン…もう離れないって約束したじゃない」 ハルヒの大きな瞳から大粒の涙が流れる、 俺はそんなハルヒの頬に手を添えて、 軽く口付けをした。 勿論、ハルヒは顔面から火を噴くのではないかと思うくらい、 真っ赤にしていたが。俺もたぶん真っ赤だ。暑い。 何で、俺はキスしたかって?そりゃ大抵の人は、 俺がこの閉鎖空間から抜け出す為だと思うかもしれない。 だけど、俺はこんな我侭でうるさくて、優しいハルヒが好きなんだ。 「あ…あたしは先に言ったから、も、もう言わないわよ」 少し俯きかげんで俺の胸辺りを見ていたが、 少し上目使いでハルヒは俺に「でも、好き」と100万Wの笑顔で笑った。 ようやく帰ってきた実感が沸いた。 俺はハルヒの手を引き、古泉と朝比奈さんのところに向かった。 「お久しぶりです」 「キョンくん…キョンくん!」 そうだな、と古泉に答えた瞬間朝比奈さんが抱きついてきた。 朝比奈さん、まずいです。ハルヒがいるのに。 ハルヒの表情を恐る恐る覗いてみると、穏やかな表情だった。 変わったなハルヒ。 とりあえず朝比奈さんを落ち着かせ、 「もう会えないかと思った…でもよかった。 キョンくんがいればなんとかなる気がするの」 と言っていた朝比奈さん、俺はそんなに凄い人間じゃないですよ。 とりあえずまずは状況把握だ、古泉に問いかける。 「この神人はなんだ?」 俺の問いに答える前に、古泉が意外なことをいってきた。 「それより、言わせてください。僕もあなたに会いたかった」 これにはさすがの俺も驚いた、こいつから本音が聞ける日がくるとは。 でも、さすがに他意はないよな。俺にはそっちの趣味はないぜ。 「そんなつもりは、さすがに涼宮さんの前では言えませんが」 とニヤケ面を浮かべていた、おい、冗談はやめてくれ。 俺ははぁ…と溜息をついた。 「勿論冗談ですよ、しかしこの神人は僕にもよく解らない。 というのが今の現状です。佐々木さんをなんとか説得し、 動きを止めてもらっているのですが、それもいつまで続くか解りません」 そうかい、しかしハルヒがいるところでその話は禁句じゃなかったのか? 「涼宮さんにはもう話してあります。混乱していたみたいですが。 それでもあなたが戻ってくるならと必死に願っておられました」 なるほどな、だからさっきあんな口論をしていた訳か。 それにこの状況じゃ隠し通せないだろう。 俺は座り込んでる佐々木に目をやった。 俺と目が合った佐々木は、急いで目を逸らし背を向けた。 そうしたのはきっと俺に対しての罪悪感からだろう。 俺は、肩を震わせて座り込んでいる佐々木に声を掛けた。 「佐々木、ありがとうな。まだ俺達がここに立っていられるのは、 お前のおかげなんだ。礼をいう」 俺は佐々木の肩をぽんと叩いた。 振り向いた佐々木は大粒の涙をぼろぼろと流し、俺に抱きついてきた。 「キョン…僕は、僕は君を…」 俺はこんな姿の佐々木を見るのはじめてだったから、少し驚いてはいたが。 頭を軽く撫でてやり、背中をさすってやった。 「あぁ、解ってる。だがお前のことを俺は恨んだりはしない。 それはお前が一番よく解ってるだろ? 俺がお前を許す、それでいいか」 佐々木は何回も頷き俺に抱きついてきた。 この状況をハルヒが見ていれば必ず拗ねているはずだ。 俺が恐る恐るハルヒの表情を見ると、意外や意外。 穏やかな顔がそこにあった。 大人になったなお前も。でもやっぱり少し無理してるだろ。 さて、この事態の当事者の橘は俺の姿を見て未だに硬直していた。 俺は力強く睨みつけると、橘は腰を抜かしたようにその場に座り込んだ。 「なんで…なんであなたがここにいるのよ…。おかしいじゃない。 あなたは死んだはずなのに」 俺はどうやらまだ死ねないらしい、と肩を竦めた。 そんな俺を橘が見上げていた、そこで何故か意を決したかのような顔をして、 「私はあなたに謝らなければいけません。それでも到底許されることではないと理解しています。 だけど、私は佐々木さんの為になにかしてあげたかった。 それが、人として間違ったやり方でも、佐々木さんにはずっと笑っていて欲しかった。 だから私は…」 もういいんだ、俺はそういって橘の言葉を遮った。 確かに俺はこいつにされたことを許そうとは思わない。 だが、人は憎しみに縛られて生きていれば、また人に憎まれる。 その連鎖から抜け出すことが出来なくなる。 だから、俺はお前のことは許したい。 時間はかかるかもしれないが。 「本当ですか…?あなたは…あなたって言う人は、本当にお人好し過ぎます」 橘は今までの緊張から解かれたかのように、泣き崩れた。 しかし、気になることがある。天蓋領域、周防九曜がいないということだ。 橘に聞いても知らないというし、古泉のほうを見ても肩を竦めるだけだった。 俺はあのなにを考えているか解らない宇宙人のことを考えながら神人を見上げ、 これをどうしたらいいものかと思い耽っていると、 長門が小走りでこちらに向かってきた。 「長門、大丈夫か?」 長門はコクリと頷き、 「朝倉涼子の情報連結を解除した」 といってはいたが、そのぼろぼろの姿に胸が痛くなる。 長門、すまなかった。そしてありがとう。 長門はコクリと頷いて、 「いい、私があなたを守りたいだけ」 と言ってくれた。こいつはいつからこんなに人間らしくなったのかな。 俺達にはそれ以上再開に浸る時間は残されてはいなかった。 神人が動き出したのだ、ハルヒと佐々木が抑えていたはずなのに。 俺達はとりあえず、ハルヒ、佐々木、橘、朝比奈さんを安全な場所に移動させた。 戦えるのは俺、古泉、長門だけだ。 俺が戦うというと古泉は、 「おや、あなたもこれで僕と一緒になれますね」 とニヤけ面で気持ち悪いことを言い出したので放っておく。 俺は長門にアイコンタクトを取った、こいつはこれで解るはず。 長門はコクリと頷き、 「平気、いける」 といっていた、こいつは心強い味方だ。 そういうと、古泉が横から割り込んできた。 「僕も勿論いけますよ。 しかし、あなたがどのような力をお持ちなのかは解りませんが。 頼りにさせてもらってもいいんですよね?」 あぁ、と俺は答えた。しかし、アイコンタクトの盗み見はよくない趣味だぞ古泉。 古泉はすこし肩を竦めて、 「それはあなたと僕が繋がっ」 と危ないことを言い出したので途中で俺は、 「いこう!」 と俺の言う言葉に二人は頷き、俺達は神人の元に駆け出した。 俺の不安は的中した。神人の動きが前に俺が見たときとは段違いで、 速い、つよい、でかい。 というまるでどこぞの店が看板に構えているような言葉が当てはまる程やばかった。 周りを見ると校舎がほぼ半壊している。 こいつ1体でこれかよ。勘弁してくれ。 と俺はいつもの定型句をまたこぼしていた。 やれやれ。 「こいつを壊すのは骨が折れそうだ」 俺が両手を広げ肩を竦めた。それに答えるかのように、 「僕はあなた達と一緒なら負ける気はしません。 元気100倍ですよ」 と自分では格好良いと思っているのか知らないが、変なポーズを取るな。 それではあれになっちまうぞ。 いっそ、パン工場で働いて来い。そっちのほうが機関よりましかもしれんぞ。 そんなやり取りを隣で見ていた長門が、 「バックアップップ」 と意味の解らないところで噛んだのは愛嬌だろうか。 まぁ可愛いからいいけどさ。 さて、そろそろ行こう。 そして、再び世界に光が差した。
https://w.atwiki.jp/haruhioyaji/pages/137.html
「10人がかりよ、どうする?」 「どうするも何も、俺たち狙いだろ、どうみても?」 「正確に言うと、あたし狙いだけどね。倒した覚えのあるのが何人か混じってるわ」 「ストリートファイトはやめとけ。と、いつも言ってるだろ」 「ふりかかった火の粉を払っただけよ」 「いや、その前に火をつけて回ったりしなかったか? 比喩で聞いてんだが」 「よくわからないけど、そういうこともあったかもしれないわね」 「やれやれ」 「ほら、『あっちの男は使えねえ』『狙いは女の方だけだ』『取り囲んで、足を止めさえすりゃ勝ちだ』とか、いろいろ言ってるわよ」 「ご期待に添えるかどうか」 「何言ってんの。日頃の特訓の成果を見せる日がとうとう来たのよ。喜びなさい、キョン」 「特訓って、お前の家の庭に穴掘って埋めるアレだろ?」 「そうよ、アレよ」 「まあ、待て。とりあえず話し合いからやるぞ」 「どうぞ」 「おーい、俺たちに用があるみたいだから話しかけるんだが、夜な夜な中年男を襲ってる『親父狩り』たちが、最近ひどい目に遭ってるって話を聞いた事はないか? おれたちは、ちょっと訳ありで、その「親父狩り」狩りのおっさんの関係者なんだ。そっちに敵意があることはわかるが、今日のところは『顔見せ』ってことで、また後日、日を改めて、って訳にはいかないか?」 「無理でしょうね」 ハルヒ、おまえが答えてどうすんだ。 「やっぱりこういう交渉事は荷が重いな」 「交渉だったの? なんかの口上か、落語で言うところの『枕』かと思ってたわ」 あからさまに「ハルヒ狙い」の10人は、見事にハルヒ・シフトを敷いて来た。 ハルヒの向こうに半円形に並ぶ。 いつかの経験が生かされてるんだろうか。 ハルヒの奴は、優雅に膝を曲げて「どうぞ、お先に」と身振りで俺を促す。 ちきしょう、無駄に可愛らしいぞ。 俺はハルヒの横を抜けて、相手方の半円形の真ん中をとぼとぼ歩いて行く。 正面の奴との距離が縮まるはずなんだが、向こうはなんと後ずさりしていて、半円形ごと俺の歩調にあわせて下がって行く。 どうも、こちらの意図が分からず不気味がってるようなんだが。 調子狂うな。 俺は歩調を早める。 後退する半月形のスピードも上がる。 おいおい、下がってどうすんだ。 しょうがない。俺は駆け足に切り替える。 正面の奴は、180度反転、なんと逃げる手に出たが、俺がダッシュした方が早く、本能的に逃げる相手にはタックルをかけてしまった。 おお、痛そうだ。すまん、わざとじゃない。これもみんな訓練という名の条件反射の賜物で……。 振り返ると、半円形の陣形は当然ながら崩れ、ハルヒはその端っこ(向かって左側)から、いつものごとく各個撃破に取りかかっていた。 半円形の残り右側を見ると、なんだか怖い者を見たような目で俺を見る。 俺が何かやったか? 単に、こいつが逃げたから反射的にタックルしてしまっただけで、俺の引き出しには、とくにヤバそうなものは何も無いはずだぞ。 俺はゆっくり立ち上がって、残り右側半分の連中の方へ、またてくてくと歩いて近づいて行った。 連中も、仲間がハルヒに一人ずつやられていくのは見るに忍びないのか、助けに行きたいのだが、どうも「不気味認定」された俺に近づかないでどうやって向こうへ行けばいいかを思案中らしい。 俺は、適当なところで立ち止まった。 相手に取っては、さぞややこしそうな距離を残して。 「キョン、こっちは片付いたわよ」 俺は「ああ、わかった」と答えてから、残り半分の右側君たちに向き直った。 「と、うちの相方は言ってるんだが、どうする?」 いや、すごんだ訳じゃないぞ。 努めてジェントルに、加えて(これは本心からだが)めんどくさそうに『質問』した。 右側君たちは、互いに顔を見合わす。 「もう、いらいらするわね。どうすんの!!」 ここにハルヒの怒声砲が一発。 右側君たちは、急に仲間意識に目覚めたらしく、ひっくり返ってる仲間たちを、分担して背負うなり肩を貸すなりし、這々の体で去って行った。 「キョン、あんた、なかなかやるじゃない!」 そうか? そんな女番長にほめられてるような事を言われても、あまりうれしくはないんだが。 それに今日俺がしたことといったら……。まあ、ハルヒは適度に暴れられてご機嫌だし、俺もズボンの膝についた土を払い落とすぐらいで済んだのなら、 「すべてうまくいったIt all went right.」 というべきなんだろう。 多分な。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1036.html
前線基地に向かうトラックを激しい爆発音が揺さぶる。突入前の準備として、学校の砲撃隊が北山公園の植物園に 120mm迫撃砲による徹底した砲撃を行っているのだ。空気を切り裂くような音が頭上をかすめるたびに 身震いを覚える。あれに当たれば、身体が傷つくどころか粉々に吹っ飛ぶんだろうな。 そんな中、前線基地に到着し、古泉小隊と鶴屋さん小隊の入れ替えが始まる。 「やあっ! キョンくん! また、会えてうれしいよっ! これから一緒にめがっさがんばろうね!」 鶴屋さんのテンションの高さは相変わらずだ。そんな彼女にハルヒも満足げのようである。 てきぱきとしたハルヒの指示により、2分とかからずに入れ替えが完了し、 「さて! いよいよ突入よ! 気を引き締めなさい!」 ハルヒの声が合図となり、またトラックが動き始める。 植物園が近くなるにつれて、爆発音が激しくなってきた。激しい土煙が植物園を覆っている。 その中、俺たちはついに北山公園内の植物園に突入した。同時に砲撃も停止する。 先行するトラックに乗っていたハルヒは一目散にトラックから降りると、 「行け行け行け!」 そう他の連中に降りるように指示を出し、自身はM16を抱えてそこら中めがけて乱射を始める。 ハルヒの配下の生徒たちもそれに習うように、トラックから降り乱射を始めた。辺りに広がる森、建物に向かって。 俺も遅れまいと、次々にトラックから自分の小隊を降ろし始める。鶴屋さんも同様だ。 2~3分だろうか。そのまま、乱射が続いたが、やがてハルヒが右手を挙げた。どうやら、撃ち方やめという意味のようだ。 俺も周りに乱射をやめさせる。ほどなくして、乱射が収まり、辺りに静寂が戻った。しかし、銃声音が頭の中に残って うっとうしいことこの上ない。 「何にもねえな……」 俺は思わず声に出してしまったが、これは予想外だった。当然、激しい抵抗があるものと思っていたが、 すんなりと突入に成功し、さらに敵の一人すらいない。どういうことだ? みんな地面に伏せて銃を構えている中、ハルヒだけは仁王立ちのように突っ立っていた。あのバカ、狙撃されたらどうするんだ。 「国木田。俺はハルヒのところに行ってくる。ここを頼む」 「了解」 俺は国木田の肩を叩くと、前屈みでハルヒの元に走った。同じタイミングで鶴屋さんもやってくる。 「どういうことなの? まるっきり抵抗がないなんて張り合いなさ過ぎ」 「何でも良いから少しは身を低くしろ、おまえは」 そう俺は脳天気なことを言っているハルヒの迷彩服をつかみ、無理矢理屈みさせた。 「さ~て、ハルにゃん、これからどうするにょろ?」 鶴屋さんの問いかけにハルヒは真剣に悩み始める。確かに、これはおかしい。やはり古泉の言うとおり罠だったのか? だが、敵は俺たちに考える余地を与えるつもりはないようだ。数発の爆発音が北高の方から飛んできた。 すぐ近くにいた通信機を持った生徒をハルヒは呼び、 「有希!? 何かあったの!?」 『前回と同じ攻撃を受けた。数発だけで、損害は軽微』 的確な長門の返事にハルヒは安堵した表情を見せる。だが、またすぐに苦渋に満ちた表情に戻り、 「罠だろうが何だろうが、あれの攻撃方法をつぶさない限り、あたしたちに勝ち目はないわ。予定通りに行きましょう。 鶴屋さんはロケット弾発射地点と思われる北山公園南部をお願い。キョンは北側ね。とっとと制圧したら鶴屋さんの援護に 向かうこと! いいわね!」 話し合いはここまでだ。俺は自分の小隊まで戻る。 「よっし、俺の小隊はこれから公園北部に行くぞ。前進しろ」 俺の指示の元、小隊は北部へ移動を開始した。鶴屋さんも南部に移動を始める。とにかく、とっとと北部をつぶして、 鶴屋さんの援護に向かわねばならん。 ◇◇◇◇ 「なあ、キョン」 林の中をじりじりと北部へ移動する最中に谷口が気の弱そうな声で聞いてきた。 「なんで散策用の道をつかわねえんだよ。歩きにくくてたまんねえ」 「おまえは待ち伏せされて、皆殺しにされたいのか?」 そう谷口の意見を一蹴する。北山公園は公園だけあって何本かの道があるが、当然敵がいるなら、 やすやすと通してくれることはないだろう。それに見通しが良すぎて狙い撃ちにされてはたまらん。 そばにいた国木田もあきれたように、 「谷口は結構貧弱なんだね」 「うるせえ。戦争するための訓練なんてやっているわけがねえだろうが。はっきり言ってこれは無駄な浪費だぜ。 あー、この体力をナンパにまわしてぇな」 「おまえが黙れ」 黙々と俺についてくる小隊の中で、ただ一人ピーピー文句を言う谷口を黙らせる。 ただ、薄暗い森の中、おまけにどこに敵が潜んでいるかわからない状況では、谷口の普通っぷりが かえって俺に安堵感を与えているのは事実だ。 と、国木田が突然真剣な目つきで銃を構えた。さらに一斉に周りの生徒たちも構え始める。 呆然としていたのは俺と谷口だけだったが、目の前の木々の隙間に何かがいることに気がつくと、 あわてて構えた。 隠れていたのは、鶴屋さんの行ったとおり真っ黒なシェルエットのような人間?だった。 腰にAKらしき銃を抱えているが、こちらには向けていない。 「おい、キョン……! とっとと撃とうぜ……」 今にも泣き出しそうな声で谷口が言う。どうする? 撃ってしまって良いのか? それとも捕まえるべきか? だが、俺が迷っている間にそいつはとっとと逃げ出しやがった。全力で地面の悪さも気にせず、 一目散に北に向かって失踪する。 「くそ! 逃がすな!」 ミスをしてしまった。偵察兵かもしれないのに、ここで見逃せば俺たちの位置が敵の主力に伝わり、 攻撃されるかもしれない。そうなる前に……! 「キョン、待って!」 国木田の制止も聞かずに、俺は一目散に逃げるシェルエット人間を追いかけ始めた。 小隊全員も俺について走り出す。 逃げる奴は姿が真っ黒というだけで、全く人間と同じような走り方をしていた。 草を手ではねのけ、溝を跳び越え、ばたばたと足音を発しながら逃げていく。 「もう少し……!」 もうちょっと追いついたら、奴を背中から撃ってやる。それで仕留められるはずだ。 だが、先に発砲したのは俺じゃなかった。タンタンと乾いた破裂音の次に、バスっと二度と忘れないんじゃないかという いやな音が背後から飛んできた。俺は立ち止まって振り返ると、そこには通信機を背負っていた阪中が倒れていた。 頭部から出血までしている。撃たれたのは確実だった。 「キョン! まずいよ!」 国木田がそばにいて切迫した声を上げた。前からは逃げていた敵と入れ替わるように、 銃を手にした数人の敵がこっちに向かって来ていた。さらに左右からも銃撃が始まる。 「阪中から無線機を!」 俺は身近にいた生徒に無線機を取るように伝える。阪中がやられた以上、別の誰かに持たせないと―― だが、すぐにその生徒も胸を撃ち抜かれた。血しぶきと肉片が飛び散った光景は当分忘れないだろう。 「おいキョン! どうするんだよ!」 谷口はひたすらおろおろして持っているM60を撃ちもしない。代わりに周りの生徒たちがおのおの敵に向けて反撃を始めた。 俺もそれに続くように迫るシェルエット人間に向けて発砲を始める。だが―― 「だめだ……!」 敵がどんどん増えて、数人どころか数十人にふくれあがったのを見れば、つい絶望もしたくなる。 やはり古泉の言うとおり、鶴屋さん小隊を襲撃した連中はただのおとりで、本隊が北部に陣取ってやがったんだ。 そして、俺たちはまんまと誘い込まれてしまっている。そう考えたとたん、自然と身体が引き返せと悲鳴を上げ始めた。 「後退しよう! 負傷者を連れて行け!」 撃たれて倒れている阪中たちを別の生徒たちが引きずり始めた。俺はそれをカバーするように 迫る敵に向けて撃ちまくる。そのうち一発が敵に命中し、まるで液体が始めるように飛び散って消滅した。 確かに鶴屋さんの言うとおり、まるでゲームの敵を撃ったぐらいの感覚にしかならない。 俺たちはそのまま数十メートル後退する。その間にまた一人の生徒が肩を撃たれた。これで3人目だ。 「下がれ下がれ!」 俺はわめくように指示を出す。だが、今度は二人の生徒が背後から撃たれた。そう背後からだ。間違いない。 なんで俺たちが通ってきた方から銃弾が飛んでくる!? 「後ろにも敵がいるよ!」 「どーするんだよ、囲まれちまっているぞ!」 未だに健在な国木田と谷口が大声を上げた。まずい。やばい。どうすりゃいいんだ!? 「伏せるんだ! みんな、伏せろ!」 思ってもいない声が俺の口から飛び出した。一斉に全生徒が茂みに隠れるように地面に伏せた。 すぐ頭上に弾がヒュンヒュンとかすめていく。もう一歩遅かったら蜂の巣立ったかもしれん。 背面の敵はこっちを狙撃するように動かずに撃ってきているが、前面――北側の敵は遠慮なくつっこんできていた。 このままでは皆殺しにされる。 「谷口! M60をこっちに置け!」 俺の指示に谷口は俺のすぐ横にM60を置いて撃ちまくり始めた。 「このやろ! 死ね! くるんじゃねえ!」 情けない声を上げつつも、突撃してくる敵に次々と命中し、黒い影が飛び散りまくる。 一方、俺の背後では国木田が小隊の背後にいる敵に対処していた。 「手榴弾を投げるよ!」 ピンの抜かれた手榴弾が宙を舞い、背後の敵を吹き飛ばした。同時に銃撃が収まったのをみると、 背後にいた奴は仕留められたらしい。さらに、前面から突撃してきた敵はM60の乱射を恐れたのか、 じりじりとこちらの視界外に引き始めた。何とか急場をしのげたようだな。 だが、国木田はほっとする様子もなく、俺の元に駆け寄って、 「キョン! のんびりしている場合じゃないよ! 第2波が来る前に砲撃の支援要請をしないと!」 くそ、国木田の方が指揮官みたいじゃないか。今からでも変わってくれないか? いや、そんなことはどうでもいい。 俺は引きずられてきてぴくりともしない阪中から無線機を取ると、ハルヒに――いや、そんな暇はない。 長門に直接指示しないと! 「長門! 聞こえるか!」 『聞こえている』 通信機は無事のようだ。俺は胸ポケットから地図を取り出すと、 「今から言う座標に向けて砲撃を頼む!」 俺は俺たち周辺の座標を伝えると、 『わかった。砲撃を開始する』 「ああ、頼む! こっちは包囲されて孤立状態だ!」 通信を終えたときに、ちらりと阪中の目が俺の視界に入った。 地面に突っ伏したまま、けっして瞬きしない。もう死んでいる…… ――あのね、お願いがあるんだけど。 ――涼宮さん、誘ってほしいんだけどね。 ――球技大会。だって、涼宮さん、すごいスポーツ万能じゃない。 前日、あった阪中との会話が脳裏にフラッシュバックしたとたん、俺は胃のものをすべてリバースしてしまいそうになった。 何とかぎりぎりのところで押さえ込んだが、全身に走る悪寒と鳥肌はやみそうになかった。 何を悩んでいる? 俺があのときとっとと逃げる敵を撃っておけばこんなことにはならなかっただろ? でも、これはゲームだ。仕掛けたものの言うとおりに勝てばいいじゃないか。そうすれば元通りさ。 大体、この阪中が俺の知っている阪中とは別人かもしれない。だから、罪悪感なんて持つことはない。 持つことなんてないって言っているだろうが! 「――キョン! 大丈夫!? しっかりして!」 いつの間にやら国木田が俺の肩をさすっていた。全身汗だらけになっていることにも気がつく。気色わりい。 「あ、ああ、大丈夫だ――大丈夫……」 のどからひねり出される俺の言葉を聞けば、誰も大丈夫じゃないとわかるだろう。しっかりしろ、俺! 今までだって、朝倉にナイフで刺されたり、朝倉にナイフでぐりぐりされただろうが! 「ああああっ! キョン、また敵がこっちに近づいてきたぞ!」 谷口の悲鳴とともにまたM60が火を吹き始める。見れば、また懲りもせず前方からシェルエット軍団が 突撃を敢行し始めていた。当然、銃を乱射しながらだ。 しかし、ここで長門のきわめて正確な砲撃が始まった。シャァァァという空気を切り裂くような音とともに、 俺たちの周囲が次々と吹き飛び始める。轟音で耳の鼓膜がはじけそうになった。 「撃ち方やめ! 撃ち方やめ! おい谷口! やめろっていってんだろ! 弾を無駄にするな!」 こっち大火力で突撃して来る敵はほとんど吹き飛び、俺たちのところに到達できる奴は一人もいなかった。 ならば、こっちはしばらく見物していた方が良い。 「今の内に負傷者の手当をするんだ! 残りは残弾の数を数えておけ!」 その間、徹底的な砲撃を受けた敵はさすがに堪えたらしい。次々と北側に引いていくのが確認できた。 頼むからもう来ないでくれよ。 俺はまた長門に――すまん、阪中。また借りるぞ――連絡して砲撃を停止させる。 続いてハルヒに連絡だ。 「おい、ハルヒ聞こえるか?」 『何よ、こんなときに! こっちは大騒ぎよ!』 返ってきたハルヒの声は、植物園がどんな状況かすぐにわかるようなものだった。無線機越しに、 銃声音やら爆発音がひっきりなしに飛び込んでくる。 『敵よ敵! 辺り一面囲まれているわ! 鶴屋さんも同じみたい! 完全にしてやられたわ!』 ああ、また撃たれた! 衛生兵! そっちで怪我した人を見てやって! 古泉くんの部隊はまだ来ないの!?と 俺に向けてではない声も入ってくる。やばい。ハルヒの方も襲撃されているのか。さらに鶴屋さんもだと? 学校まで攻撃されている訳じゃないだろうな? 『それは大丈夫だって有希が言っていたわ! 今のところ、戦闘が起こっているのは北山公園内だけみたい!』 そうか、それなら当面は俺たちだけの問題だ。 「こっちも囲まれて数人がやられたが、長門の砲撃で何とか撃退できたようだ。 あと、鶴屋さんが言っていた20人ぐらいはとっくに倒しているが、まだまだ敵がいそうだ。 これじゃ、いくらやってもきりがないぞ。これからどうすりゃいい?」 『とにかく、古泉くんの言ったとおり罠だったんだから、引き上げるのよ! だから、早く戻ってきなさい!』 明確でわかりやすい。短絡的とも言えるが、今はありがたかった。 俺は国木田と谷口を呼びつけ――なんだかんだでこいつらが一番話しやすい――、 「おい、植物園まで戻るぞ。今すぐにだ。無線機を誰かに持たせないとな」 「負傷者は?」 国木田の言葉に俺は即答する。 「決まっているだろ。引きずってでも連れて行く」 「なら、死んじゃった人は? すでに4人死んでいるよ」 続いて飛んできた質問に俺は息をのんだ。辺りを見回すとけが人5名、死者4名の状態だった。 なら、無事な生徒は残り21人。けが人だけなら運べないこともないだろうが、死者を含めると、 ほとんど運ぶだけで部隊全体がいっぱいいっぱいになる。 俺はもう冷たくなりつつある阪中を見る。そして、 「死んだ奴はおいていく。落ち着いたらあとで戻って回収する。場所はきちんと地図に記してな。 戻ってこれるのかなんていうな。絶対にだ」 俺の声に反論する奴はいなかった。なんて薄情な奴だなんて言わないでくれ。 今は生きている奴を助けるだけで精一杯なんだ。 俺は無線機に向かって、 「ハルヒ。これから俺たちはそっちに戻る。時間はかかるだろうが、努力はするぞ」 『キョン! 戻ってこれそうなの!?』 「わからんが、やれることはやるつもりだ」 できるとは言えなかった。情けない。俺がこんなにだめな奴だったとは、正直ショックだ。 『……キョン。これだけは言っておくわ』 ハルヒの決意じみた声。そして、続く。 『こっちもひどいけど、絶対にあんたたちを見捨てない。どんな手を使ってもここを死守するわ。 逃げない。約束する。だから――』 俺にはハルヒが次に何を言うか、予測できた。だから、無線機を小隊の生徒たちに向けた。 『全員帰って来いっ! 絶対に!』 ◇◇◇◇ 俺たちはじりじりと慎重に植物園に向けて移動を始めていた。途中、何度も襲撃を受けたが、 その度に長門からの支援砲撃を要請し、ある時は谷口や他の生徒たちの活躍で撃退することができていた。 しかし、来た道とは違い、帰りはとんでもなく時間を食ってしまっていた。もうすでに12時を越えようとしている。 さらに、移動の間に負傷者が死者に変わり、また新たな負傷者が発生していた。すでに半数以上が負傷、あるいは死亡している。 「またさっきの負傷者が……」 国木田が沈痛な表情で報告に来た。これで死者は13名になった。置き去りにした生徒と言ってもいい。 大丈夫。これはゲームだ。勝てば元通り元通り…… そう俺は自分に暗示をかける。俺には生徒の死を受け入れるような頑強で器の広い心なんて持っていない。 だから、死者が増えるたびに自分に暗示をかけるようにこの言葉をつぶやき続けた。 でなけりゃ、無能な自分が許せなくなるからだ。 「あと、100メートルぐらいだろ。とっとと走っていこうぜ!」 目前まで迫った植物園に俄然焦り始めたのは、唯一の普通人、谷口だ。弱気な言動が多いのに、 なんだかんだでこいつのM60には助けられっぱなしだが。 「まあ、焦ることはないと思うよ。もうちょっとでつくんだからさ」 「そうだな。今まで通りのペースで行くぞ」 俺たちは移動を開始する。確かにもうゴールは目の前だから、はやる気持ちが沸々と俺の頭にも沸いてきた。 だが、敵もそれを阻止しようと必死だ。シェルエット野郎が数名襲ってきた。 「俺がしんがりをつとめる! 先に行け!」 もともと銃の扱いは頭の中にたたき込まれていたが、ここに来ていい加減慣れてきたのだろうか。 俺の射撃の命中率もかなり上がっていた。もっとも敵が物陰にも隠れようとせず、 ひたすら銃を乱射しながら突撃というワンパターンなため、簡単に命中させられているだけなんだが。 また、数名をシェルエットを飛散させると、先行して移動した小隊に戻る。見れば、植物園の建物が 木々の隙間から見えるほどまでに近づいていた。 「ここで、きちんとどこから戻るか伝えておいた方が良いよ。間違って攻撃されるかもしれないしね」 相変わらず冷静な国木田のアドバイスが飛ぶ。こいつとは腐れ縁みたいなものだが、こんなことが得意だった覚えはない。 俺たちと同じように相当頭の中をいじられているようだな。 俺は無線を持たせた生徒から無線機を受け取ると、 「ハルヒ。もうすぐそばまで戻ってきたぞ。北側から植物園に入る。間違って銃撃しないでくれよ」 『わかったわ。そこを守っているのは古泉くんだから、伝えておく』 なんだ。結局古泉もこっちに来ているのか。結局総動員だな。 「よし移動するぞ。もう少しだからな」 「ひゃっほう! これでうっとうしい森の中からおさらばだぜ!」 俄然やる気を取り戻した谷口に笑顔が戻る。まあ、それで終わりって訳じゃないが、 こんなところにいるよりかは幾分かマシだろうな。 木々を分けて移動を開始する。数メートル進むと、森との境に陣取っている古泉の小隊が見えた。 向こうもこっちに気がついたらしい。右手を挙げて、来てくださいと合図している。 その刹那、俺は右手に一人だけのシェルエット野郎がいることに気がついた。 向こうは目がないので、視線があることはないだろうが、俺ははっきりと悟った。今にもその構えたAKから弾丸が撃たれ、 俺に命中すると。 だが、ここで偶然なことが起こった。そうこれは偶然だ。突然、うきうき足で走る谷口が俺と敵の間に割り込んで来たんだから。 「谷口っ――!」 越えも間に合わず、俺の縦になるように谷口の上半身に2発の弾が命中した。貫通した弾はぎりぎりのところで 俺には当たらず背後に去っていった。まるで一連の事がスローモーションのようにはっきりと見えた。 そう、谷口が撃たれたのだ。 谷口を撃ったバカ野郎はすぐに国木田が始末した。俺はそんなことにかまわず谷口を引きずり、 古泉の部隊の場所に連れ込む。とにかく、古泉との再会は後回しだ! 「おい谷口! 大丈夫か! しっかりしろよおい!」 痛みのためか、谷口はうなるだけだった。ちくしょう! やっとここまで戻って来れたってのに! 「キョン、また敵が攻撃をしてきた。ここじゃまずい。ここは僕らが食い止めるから、谷口を涼宮さんのところへ」 俺の隣に飛び込んできた国木田がそううなずく。少し離れたところにいた古泉も任せてくださいと いつものスマイル声で言ってきた。すまねえ! 俺は谷口を背負うと、全力でハルヒの元に向かった。とにかく、トラックに乗せて学校に戻してやりたい。 そうすれば、きっと助かる。助かるに決まっているさ! 「へへっ、思ったより痛くないもんだな……」 背中から谷口の声が俺の耳に届く。 「痛いだろ。もうちょっとの辛抱だ! だからがんばれ!」 「痛くねえよ……ただ、あつくてたまらないけどな」 俺の背中にだらだらと血がしみこんでくるのがはっきりとわかった。もう痛みすら認識できないのか。 こんな中で、今まで俺がごまかし続けてきた言葉が浮かぶ。これはゲームなんだ。勝てばいい。勝てば元通り。 この世界で誰かが死んでも大したことはない―― 「そんなわけねえだろうが!」 俺は言うまいと思っていた言葉を口にしてしまった。ゲームだろうが何だろうが、谷口は今まさに死のうとしている。 これが現実だ。いまはっきりと起こっていることなんだよ! 何をどういっても否定のしようがないんだよ! 「キョン、俺がんばったよな。何度もお前を助けたし……」 「ああっ! おまえはすげえよ。何度もみんなを助けたんだ。誇りに思っていい!」 「これであの子も俺を見直すだろうな。振ったことを後悔させてやるぜ……」 「そうだな! だから、もう少しだ!」 もう俺は泣き出しそうだった。むしろ、どうして泣き出さないのか不思議なくらいだった。 「頼むぜキョン、ここでの俺は勇敢だったってみんなに伝えてくれよ……」 「自分で広めればいいだろ! そんな弱気なのこと言うな! 死ぬな死ぬな死ぬな!」 俺の必死の呼びかけにも関わらず、谷口がそれ以降言葉を発することはなかった。 ◇◇◇◇ 「キョン、谷口の遺体は学校に向けて搬送したわ……」 「……そうか。ありがとな、ハルヒ」 俺は声をかけてくれたハルヒに振り返りもせず、呆然と植物園の入り口付近に座り込んでいた。 谷口は結局死んでしまった。同時に俺の肩に14人分の死の乗りかかってきてしまった。 もはや、罪悪感を越えて、どうでもいいほどの放心状態だ。 しかし、一方で今後ろにいる人間に対する黒い感情が少しずつ広がっていることにも気がつく。 作戦を立てたのもハルヒだし、何よりもこれを仕組んだ者の目的は明らかにハルヒだ。 谷口や学校の生徒たちが死ぬ必要なんてない。大体、古泉が罠だって指摘していたじゃないか。 罠だとわかったからと言ってそんな簡単に引き返せるわけもないんだ。 「谷口は友達だったんだ。悪友だったけどな。普段はいてもいなくても、なんて考えたりしていたけど、 いざこうなると初めてどういった存在だったのか、よくわかったよ」 「ゴメン……なんて言っていいのかわからない」 ハルヒのしょぼくれた声に、一瞬で俺は正気を取り戻した。何を考えているんだ、バカバカしい。 仕組んだ者の目的がハルヒであっても、これはハルヒが望んだわけじゃない。ハルヒだって被害者だ。 それに作戦を立てて賛同した中には俺もいたじゃないか。ハルヒ一人を責めるのは明らかに間違っている。 俺だって同罪だ。 「なあ、ハルヒ」 「……なに?」 「俺、絶対に負けないからな」 やるしかない。やけにもならずに冷静にやるしかない。それでいい。 「うん……絶対に負けない、あたしも」 ハルヒの声もすっかり元気がなくなっていた。ちくしょう、これを仕組んだ奴はハルヒのこんな姿が見たいってのか? 「そんな声を出すなよ、中佐殿。不安になるだろうが」 「わ、わかっているわよ……! 当たり前じゃない! 絶対に負けない!」 少しムキになるところを見てほっと一安心。まだハルヒらしさが残っているようだ。 俺はようやくハルヒの方に振り返って――このときに見たハルヒの歯を食いしばるような表情は早々忘れないだろう。 と、ハルヒの迷彩服の肩の辺りの色が変わっていることに気がつく。大量の血が付着しているようだった。 「それ、大丈夫か? どこかやられたんじゃないだろうな?」 「え、ああ、うん、大丈夫。自分の血じゃないから。さっき負傷者を背負ったときについたんだと思う」 ほっと胸をなで下ろす俺。たのむぜ、団長殿。お前がやられたら終わりなんだからな。 俺はヘルメットをかぶり直し、 「また、戻る。鶴屋さんを助けに行かないとな」 そう言って俺は戦場に戻った。とびきりの作り笑顔をハルヒに見せてから。 ~~その3へ~~
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/3046.html
――――栄光か敗北か!!生き残りたければ勝て!!! この俺に その生き様を 見せてみろ!!!―――― 騒音公害になるようなあまりにも大きな声がテレビから響き渡る。 そのあまりにも大きすぎる声量に怯みつつ俺は目の前で何処からか持ってきたテレビを凝視しながら興奮しているハルヒに声をかけた。 「もうちょっと音量下げろよ!!大体なんだその番組は…新手の騒音公害で町を滅ぼそうとする怪人でも出てくる特撮ヒーロー物でもやってんのか?」 「そんなコアな怪人が登場する番組やってるわけないでしょ!カードよカード!カードゲーム!」 テレビから聞こえる声に負けない声量で俺を圧倒するハルヒ。近所迷惑だから静かにしたほうがいいと思うぞ。まぁあのコンピ研の方々がハルヒに文句を言えるとは思わないがな…。 「…は…?カードゲーム…?」 「そう、カードよ!アメリカのどっかのアミューズメントパークで大きな大会がやってるの!それの中継よ!」 「わかったわかった…。わかったからもう少し静かに喋ってくれ…。で?なんのカードゲームだよ…トランプか?。」 まぁトランプの世界大会で生き残りたければ勝て!!とか聞こえてくるわけはないよな 、大体世界大会あるのか?トランプ。 しかし俺の知ってるカードゲームといえばトランプかウノくらいしかないので一応そう聞いてみた。 そんな俺にハルヒは、 「ンなわけないでしょ!デュエルモンスターズよデュエルモンスターズ!」 と大声で叫びまくる。だから静かにしろって!!鼓膜が破れるっつーの!!。 「なんだデュエルモンスターズって…大体なんでそんなカードの大会なんか見てんだ?」 「あんたデュエルモンスターズ知らないの!?……しょうがないわね…説明してあげるわよ…」 一旦テレビの音量を少し下げ(それでも十分五月蝿いが)ハルヒは説明し始めた…。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ハルヒが言うにはデュエルモンスターズは世界的な人気カードゲームで、今や老若男女誰しもが知っている世界の常識のようなゲームらしい。 俺は聞いたこともないし見たこともないんだが…いや…この前妹と新しいハサミ買いに行ったデパートにそんな感じな名前の袋がいっぱい置いてあったような気がするな…。 「それってもしかして剣士とか魔物っぽいのとかが書かれてるカードの奴の事か?」 「そう!それよ!わかってんじゃない!」 当のハルヒはあのハカセ君に勉強を教えに行った時にルールやら何やら色々と聞いてきてすっかりハマってしまったらしい。 「言っとくけどあたしはかーなーり強いわよ!」 まぁ俺には関係ないな。 そんな小難しそうなカードゲームのルールなんていちいち覚えてられん。 大体そんなもんを覚えれる脳内容量があれば全て朝比奈さんの愛くるしい微笑みを脳内記憶するために使ってるってもんだ。 大体そのデュエルなんたらだったかなんてSOS団のメンバーじゃお前だけしか知らないだろ。世界レベルのカードゲームじゃなかったのか。 「僕は知ってますよ。デュエルモンスターズ。」 爽やかっぽいイケメン面を更に爽やかに微笑ませながら古泉が言う。顔が近いぞ、おい。 「まさかあなたがデュエルモンスターズを知らないとは…我々の中では一番知っていそうだと思っていたのですが…」 知らないもんは知らないんだ、仕方ないだろ。 まぁ古泉は知っててもおかしくない。チェスだの人生ゲームだのいつでも色々とゲームを持ってくるしな。きっと古今東西のゲームでも集めてんだろ。いつも負けてるけど。 「朝比奈さんは知ってるんですか?そのデュエル何たらを。」 さっきからお茶を淹れる事に専念している朝比奈さんに声をかける。 「えぇと…それって…」 パタパタとメイド服を揺らしながら朝比奈さんが自分のバッグに手をかける。 そして朝比奈さんはバッグの中からきちんとケースに収められたカードの束を出した。 「これですよね。」 「みくるちゃん…あなたデュエルモンスターやってたのね…」 ハルヒが感動したような面持ちで朝比奈さんに詰め寄っていく。 顔はにこやかなのに足を凄まじいスピードで朝比奈さんに詰め寄るハルヒは少し怖い。まるで妖怪100キロ婆… 「なんか言った?」 「な、長門は知ってるのか?このカードゲーム」 なんとか話題を変えようと読書中の長門に質問してみた。 「名前だけなら。」 さいですか……皆知ってるんだな……。 この奇妙な団活に巻き込まれてる内に世間知らずになっちまったのかなぁ…俺…。 「鶴屋さんと一緒によくやるんですよ。このカードゲーム。」 鶴屋さんもやってるのか、これ…。 マジで人気なのか…こんなカードが…。 そう思いながら俺はテレビに目を向けた。 テレビの向こうでは未だに変な男が叫び続けている。 乳酸菌足りてるか?そんなに叫び続けると頭に血が昇って早死にするぞ? 相手に伝わる筈もないのに俺はテレビの向こうで叫ぶイケメン面の男に対してそう思っていた。 TURN-02へ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/4631.html
次の日、金曜日。 昨日は色々な問題が無遠慮に俺へと押し寄せ、また、古泉とケンカじみたもんまでやっちまったがために、俺も閉鎖空間を作り出してしまいそうだと思わんばかりのグレーな気持ちで帰宅することとなった。 帰ってからの俺の気分はハッキリ言って北校に入学して以来最悪な状態を記録していたが、やっぱりトンデモ空間などは発生していなかったようなので、つくづく自分は普通の普遍的一般的男子高校生だと思い知る。 しかし普通の高校生はそんなこと考えんだろうとも思い、そうやって俺は己の奇異さにも気づいたのである。 そして今朝の登校の際には、今度はブルーな気持ちを抱いていた。 一年前にも俺はこの長く続く坂道を憂鬱な気分で歩いていたが、それはこの理不尽に長い通学路に対し学生が交通費支給デモという意味不明な行動を起こし、そしてその理不尽な要求が通ってもおかしくないほど強制労働的であるがゆえだった。 もちろん、今は違う。では何故ブルーだったのか。 それは、今日の俺の心の中は鬱々前線真っ盛りで人的災害警報が発令中であり、本日は晴天にもかかわらず、所によりハルヒの矢のような叱咤が降り注ぐでしょうという予報も出ていたからだ。 どんな人的災害に注意が必要なのかといえば、ナイフを持った女子高校生通り魔との遭遇によって刺殺されないようにせよということである。それが予報であるのは、まだ《あの日》に行くと決まったわけではないからに他ならない。俺も長門も、是非免れたい危機である。昨日のそう遅くない夜、長門に電話をしてみたもののコール音しか返事をしなかったのも気に掛かるんだ。やはり……あいつの感情の部分は強くなっているのだろうか。何度も電話をかけるような無粋なことはしなかったが。 そしてハルヒの叱咤の雨が降るとされた場所は学校の教室で、その局所的な矢の雨が降り注ぐ地点はもっと詳しく予報されていた。そこはあいつが座っている席の前……つまり俺の席だ。正直、これは間違いないと感じていた。なんせ、その現象が起きる原因とされたのは俺なのだから。 とは言うものの、その大元の原因を作ったのは何を隠そうハルヒ自身なのだが。 そう。俺は今週の頭、編集長へとジョブチェンジしたハルヒ団長殿に磔にされて「恋のポエム書け!」という無茶な命令を受け、そして俺はその任務を今日も完遂出来なかったために、ハルヒは今度こそ俺を視線や苦言やらで射殺さんとするだろうというこれは不可避の人的災害だと予想されたのだ。このときは。 教室に着いた俺にハルヒは一言ポエム作成の進行状況を聞き、歯を食いしばって目をギュッとつむった俺に意外にも、 「……そう。期日が迫ってるから、明日の不思議探索は機関紙の制作にまわそうかと考えてたんだけど」 と、危険な不思議探索をやらずにいられるならポエムを書いたほうが良いのかなと俺に思わせるようなことを言い、 「うん、書けないってんならしょうがないわ。じゃあ、明日の探索は、気合入れて不思議ちゃんを探しに行くわよ!」 そして決心させた。探索の対象が単なる自称異星人で実際は奇人ちゃん程度ならどれだけ良いか(会いたくはないが)と俺が思っていると、ハルヒは続けて、 「そろそろ本当にSOS団結成一周年なんだもん。このまま何も見つけられずにその日を迎えたんじゃ、この団の創立目的が忘却の彼方に追いやられちゃうかんね!」 その目的を達成したがために異世界は忘却の憂き目に遭遇しているんだぞとは言えず、俺は、今こそSOS団が不思議発見を断固否とするべく再結集するときなのだなとおもんばかっていた。 だが、この時点での俺はまだ気付いていなかった。既にハルヒの周りでは、渦を巻いて事態が錯綜していたことを。 昨日の災難はまさに俺たちが問題の渦中に放り込まれたというだけで、こいつが静かであるのは、ただ、台風の中心は不気味に静かだということだったんだ。 以前の俺は、あいつらに勝手にやってろなどと言ったこともあったが……今は違う。 この一年、俺はハルヒたちに散々な目に合わされ、自分の生き方が大きく変わってきた。 だが、振り返ればわかる。 これはもちろん、散々楽しいことを俺たちSOS団が行ってきた結果、俺の世界が大いに盛りあがったということだ。 だからというわけじゃない。俺は当然のこととして、今回の問題にぶつかることとなる。 それが動き出したのは、午前の部の中休みの谷口と国木田との会話からだったのだろう。 そして、この事件の中心人物は二人いる。 一人はもちろんのこと、そしてもう一方は当たり前であった。お気づきだろうが、あえて名前を呼ばせて頂く。それは――、 ハルヒ。 長門。 ……事件は、俺の予想斜め上で降りかかる。 なあ、教えてくれないか? お前たちの願いってのは……一体なんなんだ? 第七章
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1679.html
あの後、何とかセイバーと名乗る少女に剣を止めてもらった俺は、 驚きと共に怒りに打ち震えるハルヒにより、強制的に居間に連行された。 オイオイ、ハルヒよ、何をそんなに怒っているんだ? それにオマエの傍らにいるその赤い男は一体誰なんだ? そんな疑問も、今夜の出来事も、あの蒼い男のことも、セイバーと名乗る少女のことも、 居間でのハルヒのマシンガンのように連射される説明語りによって全てが解決をみた。 ハルヒが魔術師!? 「そう。隠してて悪かったわね・・・っていうかアンタも隠してたじゃない」 魔術師同士の戦争!? 「面白そうでしょ?」 目的は全知全能の願望器『聖杯』!? 「あたしは『世界をもっと面白くしてくれ』ってお願いするつもりよ」 召還される使い魔『サーヴァント』!? 「こっちの赤いヤツもさっきのあの蒼いヤツも、アンタが連れてるその子もそうでしょ」 しかもサーヴァントは英雄の霊!? 「そう。だからムチャクチャ強いのよ。ウチのは自分の真名を忘れてるけどね」 絶対命令権の『令呪』!? 「アンタの左手の甲にあるのがそうよ」 『セイバー』って何? 「サーヴァントのクラス名よ。アンタのは数多いクラスの中でも最強の剣使いね。羨ましいわ。 ちなみにウチのは弓使いの『アーチャー』、あの蒼いヤツはおそらく槍使い『ランサー』ね」 だいたい以上が、ハルヒの説明の中で俺が理解不明だった単語や事柄と、それに対するハルヒのお答えである。 しかし、これは本当に現実なのだろうか・・・。魔術師の戦争って・・・。確かに俺も魔術師だが・・・。 しかも人智を凌駕したサーヴァント!?俺は夢でも見てるんじゃ・・・。 頬をつねってみるがしっかり痛い。ああ、あとあの蒼い男にやられた傷もムチャクチャ痛い・・・。 一通り説明し終えたハルヒは満足げに手元の茶を啜っている。 ちなみにセイバーと名乗る少女は俺の横でちょこんと正座し、 アーチャーと呼ばれた赤い男は腕を組んで壁にもたれかかり、黙って事の成り行きを見守っている。 しかし・・・このアーチャーという男・・・セイバーを見つめる目が尋常じゃない。 何か信じられないものでも見ているような・・・例えると最初に俺が彼女を見たときのような、 隠し切れない動揺と驚きの眼差しを向けている。 「とにかく!説明することは以上よ!で、アンタどうするの?」 「どうするって・・・」 「だから!この聖杯戦争に参加するのかどうかってこと!」 そりゃあ、『戦争』だなんて銘打たれた血生臭いモンは遠慮願いたいところだが・・・。 隣に座るセイバーを窺うと、こちらは全くの無表情。 「セイバー・・・お前はどうしたい?」 俺が尋ねても、 「・・・あなたに任せる」 と答えるのみ。 仕方ないので、ハルヒへと視線を戻す。 「ハルヒ、お前は参加するんだよな?」 「勿論じゃない!『戦争』と名のつくものから尻尾を巻いて逃げ出すなんて、 魔術師として、そしてSOS団団長としてのあたしにとっては許しがたいことだわ! ぜーったいに勝ち抜いてやるんだから!!」 何ともハルヒらしい答えだぜ。思わず笑ってしまう俺。 見るとあの赤い男もなぜか俺と同じように、そんなハルヒの威勢のよさに苦笑いを浮かべていた。 「何がおかしいのよ?」 ヘソを曲げるハルヒ。 「いや、なんでもない。そういうことならこの聖杯戦争、俺も参加させてもらうぜ」 俺に迷いはなかった。 「いいの?アンタ、魔術師としては、てんで劣等生みたいじゃない。 そんなんじゃ死ぬかもしれないのよ?」 ついさっき死にそうな目にもあったしな・・・。しかし、 「それでもだ。ハルヒ、お前だけを危険な目にあわせるワケにはいかないだろう? 俺も団員として、せいぜい団長様の力になるだけさ」 俺の決意は揺るがない。 すると、ハルヒは一変、ブスッとした表情になる。 「アンタ、さっきの話聞いてなかったの?魔術師同士の殺し合いなんだから、 あたしとアンタは基本的には敵同士なのよ?」 俺は動じずに言い返す。 「ハルヒは俺を殺したいのか?」 「・・・・・・」 何も言わないハルヒ。俺は更に続ける。 「少なくとも俺はお前と戦う気はないぞ」 すると、ハルヒはニヤリと表情を変えた。 「アンタだったらそう言うと思ってたわ。安心なさい! アンタもセイバーもこのあたしの忠実なる僕として、協力させてあげるから! あたしとしてはサーヴァント中最強のセイバーを戦力に加えられるし、願ったり叶ったりよ!」 嬉しそうに言い放つハルヒ。最初からわかってはいたんだよな・・・コイツがこういうヤツだってことは。 「それじゃあ、同盟成立、だな」 「そうね」 俺達は固く握手を交わした。 その後、ハルヒは、 「それじゃあ、参加者登録をしに、教会へ行かなくちゃね」 と言い出した。 何でも、この聖杯戦争を監督するのが教会の仕事らしく、参加する魔術師はその登録のため、 必ず教会に1度は足を運ばなくてはならない、という決まりがあるらしいのだ。 ちなみに戦争に伴う諸々の雑務の処理も教会は受け持っているらしく、 例えば、戦いによって破損した公共物の修復等々の一般人から戦争を隠匿するための事後処理、 サーヴァントを失ったり、降参したりしたマスターの保護等々の内部の事後処理を行うらしい。 うーん、教会に行くのは俺としては問題ないのだが・・・ 「ちょっと待て、ハルヒよ。俺はさっきランサーとやらにボコボコにやられて、 身体が動かん。こんな状態で外に出るのは無理だ」 そう。ランサーから喰らった蹴りで俺のアバラは何本か骨が折れていてもおかしくないほど痛むし、 背中だって同様の状態だ。 「ったく仕方ないわね。じゃああたしが治療の魔術でもかけるわよ・・・。 こういうのは余り得意じゃないんだけど・・・」 そう言いかけたハルヒを押しとどめたのは、 「・・・待って」 というセイバーの一声だった。 「彼の治療なら・・・わたしに任せて」 そう言うと、セイバーは俺の腕を掴み、その小さな口を開けると、 かぷり、と噛み付いたのである。 「ちょ・・・セイバー・・・何を・・・!」 セイバーは数十秒の間、口を離さなかった。 ハルヒも赤い男も、唖然としてその光景を見ている。 「負傷治療用のナノマシンを注入した。これですぐにあなたの傷は回復する。 今後同様に負傷しても、そのナノマシンの効力によりあなたの傷は自然治癒する」 と、セイバーは静かに言いのけた。 次の瞬間、痛みに痛んだアバラからも背中からも、ウソのように痛みが消えた。 「『セイバー』ってのはこんなことまで出来るもんなのか?」 俺はハルヒに尋ねてみる。 「・・・ここまで高レベルな治療術を持つセイバーなんて・・・聞いたことないわ」 どうやらハルヒも驚いているらしい。 俺はふと、思い当たる節があり、今度はそのセイバーに尋ねてみる。 「こんなことまで出来るだなんて凄いな・・・。セイバーって一体どこの英霊なんだ? ほら、ハルヒが言ってた・・・『真名』ってやつか・・・。 もし良かったら教えてくれよ」 「・・・・・・」 セイバーは黙ったままだ。そこに、 「まあ言いたがらないのも仕方ないでしょうね」 と、割り込んできたのはハルヒ。 「サーヴァントにとって真名は己の能力、素性、弱点、全てを現すものだもの。 同盟関係とはいえ、あたしやアーチャーみたいな他の魔術師やサーヴァントの前で言うわけはないわ。 まあ、セイバーにいきなりそこまであたしを信用しろって言っても無理な話かもしれないしね」 そうなのか・・・と納得しかけた矢先、 「・・・長門有希」 セイバーは・・・その名を口にした。 そしてその時、俺やハルヒ以上にハルヒのサーヴァントである赤い男、アーチャーが、 一番の驚きの表情を見せていた。 「長門有希・・・それがわたしの真名」 再度、静かに言い放つセイバー。 何だろう・・・初めて聞く名前のハズなのに・・・どこか懐かしい響き・・・。 「セイバー・・・あなた・・・自分の真名、そんな簡単に言っちゃってもいいの?」 ハルヒが問いかける。 「・・・いい。この戦争において・・・わたしの真名が知れたところで発生するリスクは皆無」 長門有希もといセイバーが答える。 ハルヒはイマイチ理解しかねるという顔をしている。 そしてそんなハルヒ以上にアーチャーと呼ばれる赤い男は、何やら考え込み、複雑な顔をしていた。 そんなこんなで教会へと足を運ぶ俺達。 ちなみにハルヒのサーヴァントであるアーチャーは霊体化とかいう便利な技で、今ここには実体がない。 所謂霊魂みたいな状態でくっついてきているらしい。 そして、セイバーだが・・・彼女はなぜか霊体化せず、そのままの格好で俺とハルヒについてきている。 幸いなことに白髪にハデな赤い外套に身を包んだアーチャーとは違い、セイバーの格好はただの制服。 しかもなぜか我が北高のものだ。なのでどこから見てもただの高校生の女の子にしか見えない。 そんなこんなしている内に件の教会へと辿り着いた。 しかし、この街に教会なんてあったことは初めて知ったのだが・・・。 そもそも街の外れに寂しく建っている教会だったので、俺が普段の生活を営む上では全く縁の無い場所だったというワケだ。 ハルヒは教会に来るのは、魔術教会の絡みから、初めてではないらしいが、 1年位前に新しい神父が赴任してきたらしく、それから来るのは初めて、とのことだ。 そしてゆっくりと扉を開けると・・・、 「こんな夜更けに我が教会を訪れるとは・・・迷える子羊などでは・・・ないようですね」 予想外の人物――古泉一樹がそこにはいた。 ~interlude1~ 俺はさっきから、世界がひっくり返りそうな驚きの連続の中にいる。 『アーチャーのサーヴァント』なんていうワケのわからないものとして、 『魔術師』ハルヒに召還されたと思ったら、なぜかこの世界にも『俺』が存在してて、 朝比奈さんも古泉も勿論いて、なのになぜか長門はいなくて・・・。 そんでもって古泉に似た蒼い槍使い『ランサー』と戦い・・・、 そのランサーを追った先、『俺』の家では、長門に似た少女のサーヴァント『セイバー』に剣を突きつけられる。 いくら不思議な出来事に耐性がある俺とはいえ、この目まぐるしい展開にはついていけない。 しかもこっちの世界の『俺』は両親も妹もいない天涯孤独の身で、 なぜか朝比奈さんとハルヒが通い妻状態、しかも未熟ながらも魔術師であるという・・・。 朝比奈さんが通い妻だなんてウラヤマシ・・・ではなく、以前の世界の俺とは全くその境遇が違うのだ。 そして一番の驚きは、長門もといセイバーの存在だ。彼女が自らの真名を『長門有希』と名乗ったことには本当に驚いた。 なぜ長門が『セイバー』なんかに・・・。まあ、『アーチャー』とやらになってしまった俺も人のことは言えないが。 ちなみに俺はつい先程、自分の真名については思い出している。 『キョン』――それが以前の世界での俺の名前だ。微妙に本名じゃないのは・・・ツッコむな。 もしかしたら長門もといセイバーは俺の正体に気付いているのではないか・・・。 以前の世界と同じように、無表情を貫く長門からはその真意は読み取れない。 まあいい。俺は自分の真名とともに以前の世界での最後の記憶――あの忌まわしい出来事についても思い出した。 そして俺がこの世界で『アーチャー』として成すべきことは1つ。『俺』――つまりは『キョン』の抹殺だ。 俺の心は既に決まっている。ハルヒや長門の邪魔が入ろうが関係ない。俺は目的を成す。 なぜなら、あの『俺』は、生きていてはならない存在だ。 今は静かにチャンスを窺う身――せいぜい聖杯戦争とやらに邁進するとよい――『俺』いや『キョン』よ。 さて、件の教会に着いたようだ。どんな神父が出てくるのやら・・・って古泉!? どうやらこの世界は・・・本気で狂っているらしいな。 「やれやれ・・・」 以前の世界での『俺』の口癖が思わず出てしまう・・・。 カソックに身を包む目の前の男は・・・間違いなく俺達SOS団副団長の古泉一樹だ。 ヤツがこの『聖杯戦争』を監督する神父だったなんて・・・。 「古泉君・・・ウソでしょ!?」 ハルヒも驚きを隠せない。 そんな俺達を尻目に、古泉はいつもの調子でゆっくりと喋りだす。 「まあ、人間誰しも人に言えない秘密があるものです。 それが僕の場合、たまたまそれがこの事だったというだけですよ」 「秘密って言ったってお前・・・」 「そうよ。まさか古泉君、あたしやキョンが魔術師だってことも・・・」 俺とハルヒの戸惑いに、古泉は冷静に返答する。 「無論、知っていましたよ。僕は1年前、聖杯戦争の舞台となるこの街についての下調べの任務と共に、 この街にやってきました。そして北高に転入した。 勿論、北高には何人かの魔術師がいるということも把握済みでした。 そして、ひょんなことからその1人である涼宮さん、あなたに誘われ、SOS団に入団したのです」 そんな古泉の流れるような説明に、ハルヒが食いつく。 「じゃあ、あたし達のこと、今まで騙してたってワケ?」 すると古泉は、「おやおや」と両手を掲げ、首を左右に振る。 「騙しただなんて人聞きの悪い。僕自身SOS団での活動は楽しくて仕方ありませんでしたよ? それに、そもそも今回の戦争に涼宮さんには参加して欲しくありませんでしたし・・・」 「俺の名前が出なかったが、俺は別にいいって言うのか?」 思わずツッコむ。すると古泉は、 「実はあなたが魔術師だなんてことは予想だにしなかったんですよ。 これでも魔術を察知する能力には自信があったのですが・・・あなたの場合はかなり巧妙に魔力を隠していましたね?」 そんなことはない。要するに俺の魔力など微弱すぎて感知できなかったということだろう。 「とにかく!あたしとキョンはこの戦争に参加するわ。既にサーヴァントも召還したしね」 ハルヒが前ににじり出て、威勢よく言い放つ。 「あなたならそう言うと思っていましたよ。涼宮さん。それで、あなたはどうなさるおつもりで?」 古泉は俺に視線を飛ばす。 「俺も参加する」 きっぱりと言い放つ。 「そうですか・・・正直、僕としてはあなた方が参加するのはいささか複雑な心境だったんですが。 わかりました。ただ今を持っておふたりの参加は正式に受託されました」 高らかに宣言する古泉。 そうそう、古泉に会ったならば、これを聞かなくてはならないだろう。 「そう言えば・・・俺はお前によく似た顔のサーヴァント・・・ランサーとやらに襲われた。 あれはどう見ても古泉・・・お前にクリソツだったんだが・・・覚えはあるか?」 俺は緊張感を持たせた声で古泉に尋ねる。もしかしたらコイツが・・・という疑いがあったからだ。 「ああ・・・確かにいましたね。僕に良く似たサーヴァント。正直自分でもびっくりしましたよ。 生き別れの兄かと思いましたね」 「そういうことを聞いてるんじゃない!」 俺は思わず怒気を孕んだ声で言い放つ。 古泉はまたもや「やれやれ」というジェスチャーをし、 「あなたの疑いはごもっともですが、それは誤解です。ランサーと僕は何の関係もありません。 ランサーのマスターが参加登録をしに来た時に、その顔を見て、驚いただけですよ。 それに僕は監督役ですよ?戦争に介入する権利は与えられていません」 「わかった・・・」 そこまで言われれば、とりあえずは受け入れるしかないだろう。 すると古泉はまだ言い残したことがあるようで、俺とハルヒを交互に見つめる。 「何度も言いますが、僕はあくまでも監督役、中立の立場です。あなた方の戦いに介入することは出来ない。 『SOS団副団長』の僕としては何とも心苦しいことですけれど・・・」 「その心配は無用の長物ってモンだわ!!」 ハルヒが叫ぶ。 「古泉君、あなたの気持ちは嬉しいけれど、あたしはこの戦争で必ず勝者になるって決めたの。 古泉君はここで監督役としてあたし達の活躍をゆっくりと煎餅でもかじりながら眺めていればいいわ」 相変わらず威勢のいいことだ。まあ、ハルヒからこの威勢を取ったら何も残らないかもしれないしな。 「頼もしいことです。それではしかとこの目で見届けさせていただきますよ」 古泉はいつものあのニヤケ顔で、最後にそう言った。 「まさか古泉が監督役だったなんて・・・な」 教会からの帰り道。思わずひとりごちる俺。 「ふん!関係ないわ!古泉君には古泉君の、あたし達にはあたし達の、やるべきことがあるんだから、 それをしっかりと全うするだけよ」 ハルヒもさっきまではメチャクチャ驚いていたはずなのに・・・何とも切り替えの早いやつである。 俺は仕方なく、後ろをちょこちょこついてくるセイバーに話を振ってみた。 「なあ、お前は古泉・・・って言っても知らないか。 あの神父のこと、どう思った?」 セイバーは液体ヘリウムのような瞳で俺を見つめ、ただ一言、 「・・・別に何も」 と呟いた。まあ、セイバーに聞いても仕方ないか・・・。 「考えても仕方ないの!とりあえず今はこの戦争を勝ち抜く方法を考えるのよ! 幸いにもコッチにはサーヴァントが2体、しかも最強のセイバーまでいるんだから、 絶対に他のマスターには遅れを取らないはずよ!」 ハルヒの言葉はもっともだ。あの蒼い男との戦いを見てもわかる通り、セイバーは強い。 余程の相手でもない限り・・・と考えていた俺が甘かったということが、次の瞬間思い知らされた。 「ねぇ、お話はもう終わり?」 響くのは鈴の音のような・・・幼い幼い声。 その声がする方を見る―― 月光に照らし出された坂道の上には、1人の小さな女の子と―― 絶対的な暴力の化身が――立ちはだかっていた。 「・・・ウソ・・・何アレ・・・」 ハルヒがそういうのも無理はない。『アレ』はありえない存在だ。 その小さな女の子の傍らにいるのは・・・ 体長にして2メートル、いや3メートルはあるだろう巨大なケモノ。 狼とか虎とかライオンとか、そんな次元じゃない。 あたかも神話やRPGゲームに出てくるケルベロス・・・それのアタマがただ1つのヤツとでも言おうか。 とにかく、アレは・・・アリエナイくらい危険なモノだ。 そんな規格外のバケモノの傍らで、幼い少女は無邪気な笑みを浮かべ、 「こんばんは、キョンくんにハルにゃん!今日はいい夜だね!」 「ウソ・・・あの子なんであたし達の名前を・・・!」 俺も驚いた。初対面のはずの女の子は、俺とハルヒをまるで兄とその友人かのような気軽さで呼んだのだ。 「あっれ~?もしかしてキョンくん、私のこと知らないの~?」 知らない・・・はずだ。しかし、どこか遠い遠い記憶の中で・・・見覚えがあるような・・・。 答えない俺に少女はムスッとした表情になる。 「ひっど~い、キョンくん。わたしのこと忘れちゃったんだ~。 もういいもん!『お兄ちゃん』なんかキライ!」 『お兄ちゃん』・・・その単語に思わずビクッとする。 「そんな意地悪なキョンくんもハルにゃんも・・・死んじゃえばいいんだ! やっちゃえバーサーカー!」 「グオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーン!!!!!!」 無邪気に叫ぶ少女に呼応するかのように、四つんばいのバケモノが咆哮する!! 振り下ろされるバケモノの腕、その鋭い爪が迫る。 あんなの喰らったらひとたまりもないぞ・・・!身体がもげちまう・・・! 「アーチャー!!」 ハルヒの叫びに呼応して、霊体化していたアーチャーが姿を表す。 「・・・!セイバー!頼む!」 こちらも遅れじとセイバーを呼ぶ。瞬時に、さっと俺の前に立つセイバー。 迫り来る爪を間一髪で交わす。 そして、最初に斬りかかったのはセイバー、目にも留まらぬ速さでバケモノに突進し・・・、 サシュッ!! と、鋭い音と共にバケモノの右腕を切り裂く。 「よし!!」 思わず声をあげてしまう俺。これであの馬鹿でかい腕は使い物にならないはず・・・だったが、 「グルルルルルルル!!!」 バケモノはビクともしない。まるで斬られたこともわかっていないかのように咆哮する。 「何よアレ、反則じゃない・・・」 思わずハルヒが嘆く。その気持ちはよくわかる。あんなの・・・どうやって倒せって言うんだ・・・! 「あの子・・・さっき『バーサーカー』って言ってたわよね・・・」 呆然とするハルヒが、ふと呟く。 すると、その小さな女の子は、二カッと年相応の無邪気な笑みを浮かべ、言い放つ。 「さっすがハルにゃん、よく気付いたね~。この子が『バーサーカー』、 わたしがそのマスターだよ」 まるで同年代の友人に語りかけるように、絶望的な事実を述べる少女。 「あんな小さな女の子がマスターって・・・どうなってんだよ?」 思わず漏らす俺。 「知らないわよ・・・! アーチャー!セイバーの援護をしなさい!」 ハルヒは赤い男、アーチャーに指示を飛ばす。 さっきから全く状況が変わらない。 あのケルベロスみたいなバケモノの周りを、まずはアーチャーが素早く動いて撹乱し、 隙が出来たところをセイバーが斬りつける、という攻撃パターン。 しかし、いくら斬りつけられてもあのバケモノ、『バーサーカー』はビクともしないのだ。 あのバケモノ・・・タフすぎるだろ・・・! 「こうなったら・・・心苦しいけどあのマスターの方を狙うしかないわね」 ハルヒが静かに呟く。しかし、あんな子供を狙うのは気がひけるが・・・、 「仕方ないでしょ!それ以外に方法はないわ。 今ならセイバーとアーチャーに気をとられてるから・・・」 そう言うとハルヒは目を瞑り、何やら呪文を唱え始める。 「・・・喰らえっ!」 ハルヒは腕を掲げ、野球ボール大の魔力弾を放った。 さすが有能な魔術師と自負していただけのことはある。凄い魔術だ・・・! そして、弾がマスターの少女にぶつかろうとしたその時・・・、 あろうことか少女はまるで蚊を叩くかのように容易に、その魔力弾をはたき落としてしまった。 「ウソ・・・」 信じられないといった面持ちのハルヒに少女は語りかける。 「わたしだって一応魔術師だもん、これくらいは出来るよ~。 それにしても不意打ちなんて、ハルにゃん卑怯だよ~」 「何よ!アンタのサーヴァントの方がよっぽど反則よ! あの『バーサーカー』一体何者よ?」 ハルヒの気持ちももっともだ。あのバケモノはもはや、英霊とかそういう次元すら超えているように思える。 何か反則技を使ったとしか思えないタフさと凶暴さだ。 すると、女の子が・・・無邪気に言い放つ。 「わたしのバーサーカーが強いのは当たり前だよ~。あの子は『シャミセン』だもん」 ~interlude2~ 一度は認めかけたこの世界、しかし今ではやっぱり夢なんじゃないかとつくづく思えてくる。 教会の神父にして戦争の監督役がなぜか古泉だったのは百歩譲ってまだいい。 以前の世界でもヤツはワケのわからない『機関』とやらに属する超能力者だったしな。 問題は教会からの帰り、俺達の前に立ちはだかったバケモノとそのマスターの幼い少女だ・・・。 ・・・ってその少女・・・どう見ても俺の妹なのだ。 ああ、今こうして『アーチャー』となってしまった俺には勿論妹などは存在しない。 そしてこの世界の『俺』は天涯孤独の身らしいから、右に同じくだ。 しかし、アーチャーになる前、以前の世界の俺には確かに妹がいた。 小学6年生なのに低学年にしか見えない容姿で、毎朝人の腹にヒップドロップをかまし、 兄である俺を『キョンくん』というけったいな名で呼んでいたあの妹である。 なぜそんな妹がこの世界では『バーサーカー』なるバケモノを引き連れているのか。全くもって理解不能だ。 そしてこのバーサーカーとかいうバケモノ、強すぎる。 さっきから俺と長門・・・いやセイバーか、で剣撃を繰り返しているにもかかわらずビクともしやがらない。 反撃してくるあの大きな爪にかすりでもすれば一撃であの世行きだ。 しかも・・・妹もといマスターの少女が言うには、このバーサーカーには、 『シャミセン』という立派な立派な名前がついているらしい・・・ってシャミセン!? あの妹によーく懐いていた珍しい雄の三毛猫で・・・ 映画の撮影ではハルヒのトンでもパワーで渋いテノールで哲学的なセリフを吐いていて・・・ そんでもって古泉主催の推理大会や阪中が持ってきた幽霊騒動なんかでは大活躍して・・・ でも、家では飯食ってゴロンと寝っ転がってるだけだった・・・あのシャミセン!? どうやったらあんなただの怠け者の三毛猫が、こんな破壊の化身のようなバケモノになるっていうんだ!? やっぱり本気でこの世界は狂ってる・・・。 あ・・・そんなこと考えてる内に、また『シャミセン』の攻撃がやってくる・・・。 とにかく今は・・・この状況を何とかするしかない・・・! 『シャミセン』と謎の名で呼ばれたサーヴァントは、相も変わらず攻撃の手を緩めない。 その大きな腕と鋭い爪が振り下ろされる度、アスファルトにはクレーターが出来上がってしまう。 しかし、あの少女といい、『シャミセン』という名前といい、初めて見聞きした気がしない・・・。 「いっけ~!シャミ!セイバーとアーチャーをボコボコにしちゃえ~!」 少女が一層高らかに宣言したかと思うと・・・何と少女の体が眩しく光る。 そしてそれに呼応するかのように・・・ 「グオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーン!!!!!」 雄たけびと共に、更に暴れまわるバーサーカーことシャミセン。 「・・・!まさか・・・まだ狂化してなかったっていうワケ?」 「どういうことだ?ハルヒ?」 「バーサーカーのクラスには、そもそもそれほど強くないはずの英雄が割り当てられるの。 それを狂戦士として『狂化』させることで圧倒的なパワーを得るのだけれど・・・」 つまりは・・・アレが今からもっと凶暴に、そして強くなるってワケか。それは・・・マジで反則だ。 そして、ついにその鋭い爪が、セイバーを捉える! グシャ!!! 鈍い音共に宙に舞うセイバー・・・! 「セイバー!!!」 「長門!!!」 思わず叫んでしまう俺。そして何故か、真名の方を叫んでいるアーチャー。 アスファルトに叩き付けられたセイバーはピクリとも動かない・・・まさか・・・。 「あははは~、キョンくんのセイバーよわ~い」 無邪気に笑う少女。 そして駆け寄る俺は衝撃的なものを目にする。 それは、夥しい流血をものともせず、苦悶の表情を浮かべながらも、 その『見えない剣』を支えに、懸命に立ち上がろうとするセイバー、いや1人の少女の姿だった。 どうしてここまで・・・いくらサーヴァントとはいえ・・・ただの女の子がどうしてここまでする必要がある! 駆け寄る俺は、そんな理不尽な気持ちでいっぱいだった。 しかし、そんな俺を尻目に立ち上がり、なお剣を構えんとするセイバー。 「セイバー!?」 「・・・だいじょう、ぶ。問題、ない・・・」 「その傷のどこが大丈夫だって言うんだ!?ここはいったん・・・」 撤退するべきだ、という言葉は出なかった。いや、出すことが出来なかった。 俺を見つめるセイバーの瞳、その瞳が、初めて彼女と出会った時と同じような、 何もかもを見透かしてしまうかのようなキレイに澄み渡った、それでいてどこかで、 確固たる決意を秘めた、そんな瞳だったからだ。 「だいじょうぶ・・・あなたは・・・わたしが守る」 そう言うと、セイバーは己の剣を高く高く空に掲げる。 それと同時に、信じられないくらいに膨大な魔力がそこへと吸い寄せられるのがわかる。 「キョン!!セイバーは宝具を発動させるつもりよ!離れなさい! アーチャー!アンタ弓使いなんだから、距離を取って射撃して隙を作りなさい!」 ハルヒの声にハッとする俺。そういえばハルヒが言っていたな・・・ 宝具――それはサーヴァントの持つ武装であり、象徴であり、奥の手。 己の持つ武具から、己の持つ最高の必殺技を発動させる。 あの蒼い男、ランサーがセイバーに放った『ゲイ・ボルグ(刺し穿つ死棘の槍)』もその宝具の一種らしい。 つまりは、セイバーはここに来てついに自分の必殺技を発動させる、ということだ。 仕方なくセイバーから距離を取る俺。 目を凝らすと、今まで隠れていたセイバーの『見えない』剣が、徐々にその輪郭を現す。 そしてその剣に向け、大気中の魔力という魔力が、大きなつむじ風と共に吸い寄せられる。 そして肝心のバーサーカーはアーチャーの弓による遠距離攻撃で、上手いことセイバーから注意がそれている。 機は熟した――ついにセイバーの宝具が発動する・・・! マスターの少女はその只ならぬ雰囲気を察知したのか、顔を引きつらせている。 しかし――もう遅い。 セイバーの光り輝く聖剣――その真名が開放される! 「――エクスカリバー(約束された勝利の剣)――」 真名を開放するその声は――相変わらずの抑揚のない、静かなもの。 しかし、放たれる光は確実にバーサーカーの巨体を包み込む。 「グオーーーーーーーーーーーーー!!!!」 断末魔の叫びが響き渡る。 ・・・。 ・・・。 ・・・。 辺りを包んでいた眩しい光が消える。 そしてそこには、力尽きて横たわる巨大なケモノ、バーサーカーの姿があった。 「倒した・・・のか?」 呟く俺。身体中の力が一気に抜けたような錯覚を覚える。 「・・・みたいね」 ハルヒですらもその余りの威力に呆然とし、そう呟くのが精一杯なようだ。 しかし、すぐにいつもの威勢を取り戻し、 「どうやらあたし達の勝ちね!あなたのバーサーカーは見ての通り戦闘不能よ! さあ、お子様はお子様らしくさっさと降参しなさい!そうすれば命までは取らないわ!」 と、少女に向かって言い放つ。 少女はしばらく、横たわる己のサーヴァントを呆然として見つめていたが、 「さすがだね、セイバーは。わたしのシャミを『3回』も殺してみせるなんて」 それは随分と不思議な言い分だった。もうあのバケモノは戦闘不能だ。ほっとけばすぐに息の根が止まるだろう。 それなのに『3回』殺したとは・・・意味がわからない。 すると、横たわるバケモノ、バーサーカーは何事もなかったかのように起き上がった。 エクスカリバーを喰らったことによる身体中にあった無数の傷も、みるみる内に塞がる。 「そんな・・・まさか・・・」 ハルヒは信じられないといった面持ちだ。 「へっへ~ん、驚いてるみたいだね、ハルにゃん!じゃあ教えてあげるねっ! シャミセンの宝具は『ゴッドハンド(十二の試練)』なんだよ!ここまで言えばハルにゃんならわかるでしょ?」 そんな少女の言葉に、ハルヒは更に驚きの表情を見せる。 「いや・・・俺は全くわからないんだが・・・」 要領を得ない俺にハルヒは、 「つまり、バーサーカーは12回殺されない限り死なないのよ。所謂蘇生魔術の重ねがけってやつね」 何と・・・あのバケモノは12回までなら殺されようが勝手に生き返るっていうのか・・・。 反則もここまでくると言葉にならない・・・。 しかも、最強のセイバーの必殺技を持ってしてもたった3回しか殺せなかったというのか? 残りあと9回・・・気が遠くなるような数字だ。 「グルルルル・・・!」 完全に蘇生したバーサーカーは既に臨戦態勢だ。 セイバーは先程のダメージと宝具を開放した消耗で、立っているのがやっとという状態だ。 まともに動けるアーチャーはいるものの・・・1人では・・・、 そう絶望しかけた矢先、少女は意外な言葉を発する。 「今日は何かもう飽きちゃったな、帰ろ、シャミ。 キョンくんにハルにゃん、また遊ぼうね!その時はちゃんと殺してあげるから!」 え・・・と思う暇もなく、少女はシャミと呼ばれたバーサーカーの肩にちょこんと乗ると、颯爽と闇の中へと消えていった。 何とも気まぐれなマスターだことで。しかし、今回に限っては幸運だったと言う他ない。 「どうやら・・・助かったみたいね」 「ああ・・・って、そうだ!セイバー!」 俺は、傷を負い、消耗しきったセイバーの下に駆け寄る。 セイバーは、 「だい・・・じょう・・・ぶ」 と、呟くと力をなくし、アスファルトに再び倒れ込んでしまう。 「まずいわね、セイバーの魔力はもう空っぽ寸前よ。とにかくアンタの家まで運びましょう!」 ハルヒに促され、俺はセイバーをおんぶする。 帰途に着く俺達を見ているのは月だけ。どうか今夜はもうあんな怪物みたいなのとやりあうことはないように。 そして、俺の背で眠る少女、セイバーが無事であるように、とただそれだけを願っていた。 そして、そんな俺にやけに視線を飛ばしてくる赤い男、アーチャー。 まだ会って数時間ではあるものの、なぜだろう、俺はこの男が他人のような気がしないのだ。 そして、アーチャーもアーチャーで、やたら俺のことを凝視してくるような気配を醸しだしている。 そしてそれと同じくらいに、俺が背負うセイバー、いや長門有希という少女のことを見つめている。 もしかするとこの2人は面識でもあるのだろうか・・・。 とにもかくにも俺とハルヒの聖杯戦争、最初の夜は、こうして終わりを告げたのである。 ~interlude3~ セイバー、いや長門の活躍により、俺の妹に良く似たマスターとシャミセンと呼ばれたサーヴァントは、 一時撤退を強いられた。 俺達は何とか九死に一生を得たというわけである。 しかし、俺が気になってしょうがないのは長門が宝具を開放する前に、この世界の『俺』、 つまりは『キョン』に発した言葉だった。 『だいじょうぶ・・・あなたは・・・わたしが守る』 あの時の長門を見て、俺は以前の世界での数々の出来事を思い出す。 例えば朝倉涼子に襲撃を受けた時、閉鎖空間で巨大カマドウマに襲われそうになった時―― どんな時でも俺の窮地を救ってくれたのは長門だった。 そして、この世界でもまた、長門は『俺』の窮地を救ってくれると言うのだろうか? 長門よ、どこまでお前は俺に尽くしてくれるんだ・・・? そして俺は・・・この世界の『俺』を殺すという決意をますます固めることになる。 なぜならばいくら長門が『俺』を守ってくれようとも―― この世界の『俺』では――長門のことを守ってやることが出来ないからだ。 俺はその時を静かに待つ・・・。 第3章 完 第4章
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/503.html
涼宮ハルヒの改竄 version H 涼宮ハルヒの改竄 version K